落ちこぼれ魔法使いソフィーネ

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 妄想のトマト世界から現実世界へと戻ってきたあたしは、悲鳴をあげる。 「キャ~ッ! トマトを首からぶら下げて踊るなんて、悪夢とまとん!!」 「お嬢様……? またおかしな妄想をしていますね?」  あたしは来賓控室から飛び出した。  レイラルド皇帝がトマト族と接触する前に、阻止しなければ!  しかし初めて来た宮殿はあまりにも広く、あっという間に迷子になってしまった。 「ま、想定内だよね。オルリンデがいたら、移動魔法を使ってもらうんだけど……」  追いかけてこない薄情なオルリンデを恨みながら、レイラルド皇帝が歩いていった宮殿の奥へと歩みを進める。  宮殿の最奥の扉の先は、大聖堂に繋がっていた。信仰心が厚い魔法族が建てた大聖堂は美の極致にある。  細緻な魔法陣が描かれた芸術性の高い床。壁を縁取るのは、美麗に施された植物模様の彫刻。落ちたら間違いなく五十人は即死するだろう、巨大に輝くシャンデリア。太陽と月と植物をモチーフにした、光り輝くステンドグラス。 「教科書で見たことがあるけれど、やっぱり本物はすごいなぁ」    顔を真上にあげて、天井画に魅入る。  天才絵師シャニアールが描いた歴史絵。三百年ほど前、大陸の覇者だった竜族と魔法族との戦いが天井画になっている。  空を飛び火を吹く竜族の群れと、十三人の魔導師たち。魔導師が放った雷が銀竜の頭を直撃している。  あたしは顔を戻すと、ある一点に目が吸い寄せられた。 「なんだろう? 見たことのある小人がいる……」  花を模した円形のステンドガラスの上に、三人の小人が描かれている。  祈りを終えた青年神官が祭壇から歩いてきたので、聞いてみる。 「あの小人って、何者ですか?」 「ああ、魔王の手下です」 「ままままま、魔王の手下⁉」 「そうです。あの三人はいたずら小人といって、名前の通り、いたずらが大好きな困り者です。いたずらが過ぎて天界を追われ、魔王の手下となったのです」  あたしはいたずら小人を知っている。だって、あたしの回りをうろちょろしているんだから!!  三人の悪顔小人は、あたしの宿題のプリントを破いたり、物を隠したり、寝ているあたしの口の中にナッツを入れたりする。  まさにいたずら小人!   「帰ったらシメてやるっ!」    拳を握って、シュシュっとパンチの練習をしていると、祭壇横の扉の向こうから声が聞こえてきた。 「まさかソフィーネがっ!!」  誰もいない静謐(せいひつ)な大聖堂に、レイラルド皇帝の驚く声が響く。 (あたしが召喚に成功したからって、妻に娶る話をしてるんじゃないでしょうね? 絶対にお断りなんだから!)  靴を脱いで足音を立てないようにして、祭壇横の扉に近づく。 「ソフィーネさんには前世の記憶がありません。…………なんとか皆の力で…………」 「分かった。大魔道師らに声を掛け、協力を仰ごう」 「勇者様、そういった事情なのです。なにとぞ悪魔から守ってくださいますよう…………」 「私からも頼む。ソフィーネの可愛い顔が悪者に変わるのを見たくないからな。殺すのではなく、封じる道を模索しよう」  明瞭な発音と声がよく通るレイラルド皇帝と違って、ウォーム大神官のこもる声質は聞き取りづらい。   「しかしまさかソフィーネが、魔王の生まれ変わりだとは……」    レイラルド皇帝のため息混じりの発言に、心臓が凍りつく。 (えっ? 魔王の生まれ変わり?)  慌てて天井画を仰ぐ。  竜族といっても、いくつもの部族があるらしい。赤竜、黄竜、青竜、緑竜、金竜、銀竜、黒竜、白竜、茶竜。  どの色の竜が魔王なのか、学者によって意見が分かれており結論はでていない。真実は、三百年前という大昔に葬られたまま。 (あたし、魔王の生まれ変わりなの? ポンコツ魔法使いなのに?)  力が抜け、へなへなと座り込む。  祭壇横の扉が開き、ウォーム大神官を先頭にして、レイラルド皇帝とレリールがでてきた。 「ソフィーネさん、どうしてここに⁉」  動揺するウォーム大神官に、震える声で問う。 「あたしが魔王の生まれ変わりって、本当?」    
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