26人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ
妄想のトマト世界から現実世界へと戻ってきたあたしは、悲鳴をあげる。
「キャ~ッ! トマトを首からぶら下げて踊るなんて、悪夢とまとん!!」
「お嬢様……? またおかしな妄想をしていますね?」
あたしは来賓控室から飛び出した。
レイラルド皇帝がトマト族と接触する前に、阻止しなければ!
しかし初めて来た宮殿はあまりにも広く、あっという間に迷子になってしまった。
「ま、想定内だよね。オルリンデがいたら、移動魔法を使ってもらうんだけど……」
追いかけてこない薄情なオルリンデを恨みながら、レイラルド皇帝が歩いていった宮殿の奥へと歩みを進める。
宮殿の最奥の扉の先は、大聖堂に繋がっていた。信仰心が厚い魔法族が建てた大聖堂は美の極致にある。
細緻な魔法陣が描かれた芸術性の高い床。壁を縁取るのは、美麗に施された植物模様の彫刻。落ちたら間違いなく五十人は即死するだろう、巨大に輝くシャンデリア。太陽と月と植物をモチーフにした、光り輝くステンドグラス。
「教科書で見たことがあるけれど、やっぱり本物はすごいなぁ」
顔を真上にあげて、天井画に魅入る。
天才絵師シャニアールが描いた歴史絵。三百年ほど前、大陸の覇者だった竜族と魔法族との戦いが天井画になっている。
空を飛び火を吹く竜族の群れと、十三人の魔導師たち。魔導師が放った雷が銀竜の頭を直撃している。
あたしは顔を戻すと、ある一点に目が吸い寄せられた。
「なんだろう? 見たことのある小人がいる……」
花を模した円形のステンドガラスの上に、三人の小人が描かれている。
祈りを終えた青年神官が祭壇から歩いてきたので、聞いてみる。
「あの小人って、何者ですか?」
「ああ、魔王の手下です」
「ままままま、魔王の手下⁉」
「そうです。あの三人はいたずら小人といって、名前の通り、いたずらが大好きな困り者です。いたずらが過ぎて天界を追われ、魔王の手下となったのです」
あたしはいたずら小人を知っている。だって、あたしの回りをうろちょろしているんだから!!
三人の悪顔小人は、あたしの宿題のプリントを破いたり、物を隠したり、寝ているあたしの口の中にナッツを入れたりする。
まさにいたずら小人!
「帰ったらシメてやるっ!」
拳を握って、シュシュっとパンチの練習をしていると、祭壇横の扉の向こうから声が聞こえてきた。
「まさかソフィーネがっ!!」
誰もいない静謐な大聖堂に、レイラルド皇帝の驚く声が響く。
(あたしが召喚に成功したからって、妻に娶る話をしてるんじゃないでしょうね? 絶対にお断りなんだから!)
靴を脱いで足音を立てないようにして、祭壇横の扉に近づく。
「ソフィーネさんには前世の記憶がありません。…………なんとか皆の力で…………」
「分かった。大魔道師らに声を掛け、協力を仰ごう」
「勇者様、そういった事情なのです。なにとぞ悪魔から守ってくださいますよう…………」
「私からも頼む。ソフィーネの可愛い顔が悪者に変わるのを見たくないからな。殺すのではなく、封じる道を模索しよう」
明瞭な発音と声がよく通るレイラルド皇帝と違って、ウォーム大神官のこもる声質は聞き取りづらい。
「しかしまさかソフィーネが、魔王の生まれ変わりだとは……」
レイラルド皇帝のため息混じりの発言に、心臓が凍りつく。
(えっ? 魔王の生まれ変わり?)
慌てて天井画を仰ぐ。
竜族といっても、いくつもの部族があるらしい。赤竜、黄竜、青竜、緑竜、金竜、銀竜、黒竜、白竜、茶竜。
どの色の竜が魔王なのか、学者によって意見が分かれており結論はでていない。真実は、三百年前という大昔に葬られたまま。
(あたし、魔王の生まれ変わりなの? ポンコツ魔法使いなのに?)
力が抜け、へなへなと座り込む。
祭壇横の扉が開き、ウォーム大神官を先頭にして、レイラルド皇帝とレリールがでてきた。
「ソフィーネさん、どうしてここに⁉」
動揺するウォーム大神官に、震える声で問う。
「あたしが魔王の生まれ変わりって、本当?」
最初のコメントを投稿しよう!