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そういうわけでリンデルオール宮殿の地下室には、あたしと従者のオルリンデ。レイラルド皇帝とお付きのじいや。ウォーム大神官の五人がいる。
ピカピカに磨かれた石の床に、透明に澄んだ明かり取り窓。古代戦争時代に使用された鎧や剣がオブジェとして置かれているけれど、どこにも埃は積もっておらず、城の掃除人の優秀さが伺える。
換気音が響く地下室の空気は清浄だ。
なのにあたしは息苦しさを感じて、胸を押さえて「ゴホンゴホンッ!」と大袈裟に咳をしてみる。
「すみません。調子が悪いです。肺病かもしれません。召喚がうまくいかないと思いますので、帰りたいです」
「ウォーム大神官、どうする?」
「今の空咳からは病の気が感じられません。問題ありませんので、この子で続行します」
ウォーム大神官の問題ない発言に、レイラルド皇帝は深く頷いた。
「よし、それではソフィーネ。勇者を召喚しろ」
「だからぁ、何度も言っていますけれど、一度も召喚魔法を成功させたことがないんですってば! ご先祖様の霊を呼び出したときなんて、なぜか巨大食虫植物が出てきて飲み込まれそうになったんですから! きっと今回も失敗するに決まってますって!!」
「おい、小娘っ! レイラルド皇帝に対する口の聞き方がなっとらん!! 侮辱罪を適用されて城から追い出されたいのかっ!」
「あ、それいいですね。はい、喜んで追い出されます!」
ラッキー! とばかりに激しく同意して帰ろうとすると、レイラルド皇帝が片腕を伸ばして退路を遮った。
「じいや、許してやれ。ソフィーネは可愛い顔をしている。くりっとした表情豊かな目、薔薇色の頬、血色の良い唇、ウェーブのかかったピンク色の髪。元気溌剌としていて大変に良い。ソフィーネはまだ十六歳。目上の者に対する口の聞き方は、これから勉強すれば良い」
「ですが……」
白眉の長いじいやは、複雑な表情を浮かべてウォーム大神官を見た。
「本当にこの小娘でいいのですかな? 勇者を召喚するには、相当の実力が必要だと思うが?」
「我が一族に伝わる魔宝石の予見力を疑うおつもりか?」
「そういうわけではないが……」
「その魔宝石、壊れてるんじゃないですかね?」
ウォーム大神官を不信の目で見ていたじいやの顔が、あたしに向けられる。
「おい、小娘っ! 由緒正しきウォーム家に伝わる秘宝を壊れ物扱いするとは! 魔宝石の予見力によって、リンデルオール帝国は幾度も窮地を救われてきた。無礼にもほどがある!」
「じいやも疑ったじゃん」
「疑ってなどおらん!」
「だってさっき、『この小娘でいいのですかな?』って言った!」
「言っておらん!」
「えぇー! ずるぅーい」
「狡くなどないわい!」
わたしとじいやがキャンキャン騒いでいるのを、レイラルド皇帝が一喝する。
「黙れ! 神聖なる召喚式を壊す気か! 勇者を召喚できなかったら、別な者を探せば良いだけの話。失敗したら、ソフィーネには責任をとってもらう」
「死刑ですか?」
「私の愛妾になれ」
「オ、オルリンデぇ! 助けてー!」
従者のオルリンデに助けを求めると、入口付近の壁にもたれかかっているオルリンデは、話を振るなとばかりに眉をひそめた。
「お嬢様は結婚しないのでしょう? ポンコツ魔法使いには良い働き口などありませんから、愛妾になればよろしいんじゃないですか?」
「あたしが男性嫌いだって知っているくせに! 学園始まって以来の天才魔法使いオルリンデに養ってもらいながら、田舎でスローライフを送るって決めているんだから!」
「自活してください」
「男性嫌い? 田舎でスローライフ?」
レイラルド皇帝の野性味のある目が、スッと細まる。
レイラルド皇帝は二十六歳。若く聡明な皇帝として世界に名を馳せている。美しい筋肉がついた逞しい身体と、彫りの深い端正な顔。
彼には確か、三人の妻と九人の愛妾がいるはず。つまりあたしは十人目の愛妾ってことか。断固拒否する!
「男性に生理的嫌悪がありまして、結婚も愛妾も無理です。オルリンデは我が家の使用人であり、あたしの下僕。田舎で家庭菜園をしながら、一緒に住むって決めているんです」
「オルリンデ、そうなのか?」
「お嬢様が勝手に妄想しているだけです」
レイラルド皇帝は腕を組むと、「ふむ……」と考える顔をした。
「若く愛らしく健康的な女の子が男嫌いとは……。実にもったいない。私が助けてやろう。よし、召喚儀式を始めろ。失敗したら、愛妾。成功したら、妻にしてやる」
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