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我に返る。
「ちょっと待って。勇者召喚のイメージをしていたはずが、いつの間にか、楽しい田舎暮らしになってしまったぁぁぁーー!!」
苦悩の叫びを上げて頭を抱えるあたしを、壁によりかかっているオルリンデが鼻で笑う。
「お嬢様が落ちこぼれ魔法使いである最大の理由は、妄想癖の持ち主だからです。しかも雑念だらけ。立っているのにも疲れました。さっさと召喚に失敗して、皇帝の愛妾にでもなってください」
「むぅー!!」
なにも言い返せない。雑念だらけの妄想癖だという自覚はある!
あたしは気を取り直して、魔法使いの正装である黒三角帽子をかぶり直し、黒マントの裾を払う。両膝を床につけると、石の冷たさが這い上がってきた。
(ま、別にイメージなんてする必要もないのよね。ウォーム大神官が勇者召喚術を唱えてくれるんだもの。なんとな~くな感じで、呪文を唱えてみよう)
両手を組んで精神を集中する。テーブルの上に置いてある蝋燭の炎がボワッと大きくなり、ゆらりと揺れた。
勇者召喚の呪文を唱える。
「全宇宙を司る神よ。我が願いを聞き給え。天と地、光と闇、生と死の精霊よ。我に力を与え給え。神の慈悲を地上に降らせ給え。勇者を探し求める我の声……き、き、えぇと、なんて書いたんだっけ?」
勇者召喚呪文なんて唱えたことがないし、残念ながらあたしの脳みそは暗記を苦手とする。
手のひらに呪文を書いて、盗み見する作戦をとったのに……。
(自分の書いた文字が雑すぎて読めない! こうなったら端折って、最後の文に飛んでやる!)
「とにかく神様っ! チートな魔王から、この世を守る勇者を我らに与え給えぇぇーーー!!」
手の平を思いっきり床に叩きつけた。
ダァーーンッ!!
硬質な音が響く。叩きつけた手の下から光線が伸びる。光は放射線状に広がり、石の床に魔法陣が浮かび上がった。魔法陣には、繊細で複雑な模様が描かれている。
(さすがウォーム大神官っ! 見事な魔法陣ね。こんなに細かい模様の入った魔法陣を見たことがない。おまけに遠隔操作であたしの手の下に出してくれるなんて、天才だね!)
魔法陣から流れる七色の光は陽に輝く水晶のように美しい。レイラルド皇帝とじいやが驚嘆の声をあげた。
魔法陣の中央、あたしのすぐ目の前に影があらわれる。光が弱まっていくとともに、おぼろげな影が次第にハッキリとした輪郭になり、人の姿になっていく。
「勇者だ! 成功したんだ!」
ウォーム大神官の力で召喚したのだけれど、外から見ればあたしが召喚したことになる。興奮で胸を高鳴らせながら、人影を見つめる。
光が消えると同時に魔法陣も消えた。
「えっ?」
あたしの目の前にいるのは、黒くてつぶらな目をした可愛い男の子。
頭の上に目がいってしまう。
さらさらとした栗色の髪の頭頂に、ふさふさ毛の獣耳が生えている。
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