霊界コンシェルジュ・マキタの多忙なる一日

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 俺が現在担当している死者は、甘木稔という大学生である。元旦の明け方、帰省中に訪れた山中で崖から転落死した。享年二十二歳。 (あの日は一人で地元の山に登って初日の出を撮影して、さぁ帰ろうってときにうっかり足を滑らせて……。えっ、俺、アレで死んだの? 案外儚いものなんだねぇ、人の命って)  当初、甘木は自らの死にさほどショックを受けているようには見えなかった。この様子なら厄介な案件にはならないだろうと踏んでいたのだが――。 (自分の葬式も、友人家族の様子も確認しましたよね。四十九日が経つ前に自らの死を受け容れて霊界への切符を受け取らなければ、あなたの魂は悪霊になってしまいますよ)  俺の担当する死者はコイツ以外にも大勢いて、こっちは超多忙だっていうのに。何度説き伏せても、甘木は口を尖らせて(やだ!)を繰り返す。 (俺、同居人と大事な話し合いがあるから。霊界? ってとこ、別に行ってもいいけどさ、それが終わってからじゃないとムリ) (話し合いとは、生きている人間同士がやるものでは?) (正論うざっ。やなもんはやなの! それが出来なきゃ悪霊にでも何でもなってやる)  いくら脅してもなだめすかしても「やだ」の一点張りで埒が明かない。仕方がないので天界に掛け合ってみると、特別に人間と交渉する許可が下りた。時折、こういう厄介な案件に当たってしまうのだが、こじれた場合の最終的な判断は天界に委ねる決まりだ。今回はスムーズに許可が下りたので助かった。  ……というわけで。現在、俺は人間に擬態して、とある人物との接触を図ろうとしているのだ。 (あっ、来たよ。あいつが俺の同居人だった、菊池旭)  ちょうど定食を食べ終わった頃にターゲットが現れた。甘木が指すほうを見れば、黒髪眼鏡の細面な男が一人、トレイを持って列に並んでいる。それを眺めながら食後のお茶を飲み干すと、俺はトレイを持って立ち上がった。
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