霊界コンシェルジュ・マキタの多忙なる一日

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「菊池旭さんですね」  菊池という男が席に着いたところを見計らって声を掛けると、彼はこちらを一瞥して、すぐに定食のマカロニサラダに視線を戻した。 「先日お亡くなりになったあなたの同居人、甘木稔くんについて、お伝えしたいことがあるのですが」  俺が向かいの席に腰を掛けたと同時に、菊池はトレイを持って立ち上がった。 「見ず知らずの人と話すようなこと、俺には何もありませんので」  失礼します、と言い捨てると、彼は背を向けて歩きだした。……まぁ、こういう反応は経験上、織り込み済みだ。 (甘木、付いてこい。強硬手段に出るぞ)  菊池を追いかけてその肩を強引に掴むと、俺はもう一度甘木に声をかける。 (何でもいいから、今すぐこいつに話しかけろ)  すると、やつはヨシ来たとばかりに(あさひー! 俺だよ俺!)と割れんばかりの大声で叫んだ。体を貫く雷並みの爆音に、俺と菊池は短い悲鳴を上げる。 「おまっ――、声でかすぎ!」  思わず声に出してしまった。まだビリビリするこめかみをさすっていると、菊池はこちらを振り返って、まじまじと俺の顔を見上げる。 「あの……、何ですか、今の」 (あともう一押しだ。今度は普通の声量で喋れよ) 「ちょっと失礼」  俺は腕を伸ばして、菊池の腕に軽く触れた。 (旭、聞こえる? 稔だよ。このおじさん、見るからに怪しいかもだけど、大丈夫な人だって俺が保障する。だからお願い。この人の話を聞いて) 「――えっ……」  余程驚いたのか、菊池は持っていたトレイを落としかけたが、すんでのところで俺が支えて事なきを得た。 「驚かせてすみません。実は、甘木くんがあなたとの会話を希望しておりまして。少しの間だけ、お時間を頂けませんか」  渾身の営業スマイルでトレイを差し出すと、驚きのあまり言葉もない様子の菊池は、戸惑いながらもそれを受け取った。
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