霊界コンシェルジュ・マキタの多忙なる一日

6/10
前へ
/10ページ
次へ
 二人が住んでいたアパートは、降りた駅からしばらく歩いた住宅街の中にあった。  玄関を開けてすぐに見えるのはキッチンが併設された小さなリビングで、その奥に個室らしき部屋の扉が二つ見えた。二人暮らしに最低限必要なものが揃ったそのアパートは多少古びてはいたが、室内はそれなりに居心地よく整頓されているようだ。 「どうぞ。適当に上がって、座ってください」 「では、遠慮なく」  靴を脱いでリビングに上がると、テーブル脇に置いてあった座椅子のひとつに腰をかけた。 「――で、さっきの話なんですが」  菊池はキッチンに立つと、電気ケトルに水を入れてスイッチを入れる。 「俺たち、この三月に二人とも大学を卒業する予定だったんです。年明けに稔が実家から戻ってきたら、卒業後の身の振り方について話し合うことになっていたのですが、それを待たずにあいつが死んでしまって」 「身の振り方、ですか」 「はい。俺は同居を解消して就職先に近い場所に新しく部屋を借りるつもりでいたのですが、稔は四月以降もこの部屋の契約を更新して、一緒に住み続けようって譲らなくて。その話がこじれて解決しないまま、年末にあいつは帰省して……、そのまま事故に遭った感じです」 (だってさぁ。同居を続けたほうが節約にもなるし……)  俺の横で口を尖らせた甘木がぶつぶつ言っている。 (それに、誰かと一緒にいるほうが絶対楽しいじゃん。一人で暮らすなんて、つまんなくね?) 「それはどうかな。一人暮らしが気楽でいいと感じる人もいるのでは?」  うっかり声に出して甘木の弁に反応してしまう。すると菊池が「あいつが何か言ってるんですか?」と尋ねてきた。 「ええまぁ。誰かと一緒にいるほうが楽しい、一人暮らしなんてつまらないと言ってますね」 「そうですか……」  菊池は無言で目を伏せたまま、コーヒーを注いだマグカップを持ってくると、リビングのローテーブルに置いた。 「どうぞ」 (わー、いいな! 旭のいれてくれるコーヒー、すっごく美味いんだよ、マキタさん)  頂きます、と言って一口飲んでみる。――うん、確かに悪くない。 「要するに、稔が要求している『話し合い』に応じればいいんですね? 俺は」 「はい。なるべく穏便に、甘木くんの心残りを払拭できるような話し合いをして頂ければと」 「そうなるように心がけます」 「私はあなた方の仲介者です。申し訳ありませんが、お二人の話をどうしても聞かざるを得ません。その点をご了承いただけないでしょうか」 「分かりました。――では」  菊池はテーブルに置かれた俺の手の甲にそっと片手を重ねた。 (ほら、稔。言いたいことがあれば言え)  体の中に、直接菊池の声が響いてくる。しばらくの沈黙の後、おずおずとした甘木の声が聞こえてきた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加