霊界コンシェルジュ・マキタの多忙なる一日

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 菊池は自分のスマホを手にすると、少し触ってからこちらに差し出した。 (おまえ、俺にこれを送るためにあの山に登ったの?)  画面にはSNSのスクリーンショットが映し出されていた。遠い山の稜線に昇る朝日の写真に添えて、「あけおめことよろー アサヒに今年最初のアサヒ送っとくわ」という文字が並んでいる。 (あー、これなぁ。これを撮るために登ったわけではないけど、旭に朝日? 送りたくなって) (人生最後のメッセージがこれって、間抜けもいいとこじゃん) (旭と喧嘩したまましばらく連絡できてなかったから、なんかこう、正月きっかけに和めばいいな~って……。それで……、あの……、えっ……待って)  甘木の声が少しずつ小さくなって、やがて途切れる。 (ご、ごめん……。旭、泣かないで)  うろたえたような声で、甘木は菊池に声を掛ける。目の前に座った菊池は、俯いたまま涙をぽろぽろとこぼしていた。 (……今なら……)  震える声で、菊池はゆっくりと言葉を継ぐ。 (稔とこのまま同居を続けて、おっさんになるまでずぶずぶにされて、みじめになってもいいよ。そんなのは贅沢な悩みだったんだって、おまえが死んで、嫌になるほど分かったから) (……うん) (崖から落ちるとか、ホント意味わかんねぇ。おまえのそういう不注意なとこ、マジあり得ないんだけど) (……ごめん) (もうさ、稔はどんな気持ちであの写真を送ってきたんだろう、とか、あのとき喧嘩しなかったらおまえは今も生きていたのかな、とか。そんなことばっか毎日ずっと考えて……こう見えて俺、結構ボロボロなんだからな) (うん……。ごめん) (だからさ。駄々をこねたり悪霊になったりして、これ以上俺を疲れさせんな。観念して、おとなしくこの人の世話になれ) (……分かった。約束する。ほんとにごめん、旭) (あと、さっきから謝りすぎ)  シャツの袖で流れる涙を拭くと、菊池はかすかに笑って俺の手の甲にもう片方の手のひらを添えた。 (――会いに来てくれて、すごく嬉しかった。ありがとう、稔)
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