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(……もしかして俺が会いに来たの、キモいって思ってる?)
(いいや。だけど今更、今後の話をする必要はないだろ?)
(だって……。年末に旭と喧嘩別れになったままだったし。それに俺、旭が同居をやめたいっていう理由に納得がいかないままで……、ずっとモヤモヤしてて)
(だからそれは――)
菊池はかすかに顔をしかめる。
(何度も説明したじゃん。順当にいけば、四月には俺もおまえも社会人だったわけで。いくら居心地がいいからって、だらだらと学生気分を引きずるのはよくないだろ? 同居は大学卒業のタイミングできちんと解消するべきだって――)
(あっ、それ! その「きちんと」ってやつ!)
(はぁ?)
(旭がしょっちゅう使う「きちんと」ってどういうこと? 俺、全然分からんのだけど)
(だからさぁー。……なんでそう突っ込むかな)
ハァ、と疲れたような溜息を漏らして、菊池はがくりと頭を垂れた。しばらく黙り込んでいたが、やがて諦めたような口調でぼそぼそと話し始める。
(……例えばさ)
(うん)
(俺たちがこれからも一緒に住み続けるとする。多分、これからものらりくらりと二人分の飯を作ったり、一緒に買い物に行ったりするよな。休みの日には二人で遊びにも行くし、家にいればいたで一緒にゲームしたり、映画を観たり)
(うんうん。最高では?)
(だけど、そんな暮らしはいつか終わる。年を取って、結婚したり転職したり――、今みたいに、のほほんと生き続けることはできないんだ)
(そっかあ? 不満がなくて楽しければ、そのまま暮らし続けたらよくね?)
(ほんっと、おまえは考えなしだな。気ままな同居が通用するのは学生の間だけなんだよ。稔がそんな調子だから、俺は何が何でも卒業を機におまえという「沼」から抜け出さないと、って思ったんだ)
(ぬ、ぬま?)
(沼ってやつは、深みにハマればハマるほど抜けられなくなるからな)
(……ごめん。旭の言ってること、全然分からん)
(ここで稔の口車に乗せられてずるずる一緒に暮らしてみろ。どうせおまえのことだ、俺がその暮らしから完全に抜けられなくなった頃に、ヘラヘラと「結婚が決まったから」なんて言って、気軽に同居解消を求めてくるんだ)
話している最中、ずっと手元のコーヒーに目を落としていた旭は、ふと苦々しげに視線をずらす。
(……そう考えてみたらさ)
(うん)
(俺はきっと立ち直れないだろうって思った。おまえにずぶずぶにされた挙句、年を取ってからそんな思いをするなんて、あまりにもみじめだ)
(……旭が俺と離れたかった理由って、そういうことだったの?)
(ああ。そうだよ)
菊池の言葉がよほど想定外だったのだろう。甘木はハトが豆鉄砲を食らったような顔で黙り込んでいる。
(……なぁ。それって、もしかして、もしかしてだけど……。旭は、俺のことを嫌いなわけじゃなくて、……むしろ、好きだったってこと?)
(…………)
(ねぇ、どうなんだよ)
(……言わなくても分かるだろ。そのまんまじゃん)
(じ、じゃあさ。旭が同居を解消したかったのは、俺との暮らしが嫌だったわけではないんだな?)
(嫌だったら、そもそも一緒に住んでないし)
(そ……、そっかぁ)
にわかに甘木の声のトーンが上がる。
(よかったぁ。年末に喧嘩してから、実は俺、旭に嫌われてるんじゃ? ってずっと不安だった。一緒に暮らしていても、今までずっと俺だけが楽しかったんならどうしようって心配で……。だから今、そうじゃなかったって知れてすっごく嬉しい)
(稔が知りたかったのは、そういうことだったの?)
(うん。だってあんなにバッサリ突き放されるとは思わなかったから。……あー、でも、旭に嫌われてなかったって分かって、やっと安心できたわ)
(――じゃあ、もういいよな)
(……ん?)
(こっちの話をしても)
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