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二週間ほど前に立春は終わっているのに、遠くに見える空はどんよりと曇っており、街路樹も寒々そうに震えている。
春先遠い景色に思わずグリップを握る手が緩みそうになるが、私は力を込めてペダルを漕いでいた。
「あっ!」
それは緩やかな坂道を下ったところにある、コンビニエンスストアの信号待ちをしている時だった。
振り返ると、後部座席にちょこんと座っている愛海が、自分の体周りを小さな手で探っていた。
嫌な予感はしたが暫くして、「すいとう、わすれた」と特に悪気を見せずに告げた。
私は零しかけたため息をぐっと堪えて自転車を今来た道にぐるりと回す。
「取りに帰ろうか」
サドルからお尻を浮かして、一気に坂を駆け上がる。先程まで震えるほど寒かったのに上る最中でじわじわと汗をかいてきた。
普段なら「どうしてちゃんと確認しなかったの」と注意をするところだが、今日だけは娘に厳しい言葉は何も言いたくなかった。
この道も、自転車の重さも、今日で最後だから。
背中に伝わる小さな温もりを感じながら、私は無心でペダルを回した。
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