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伝説の力士
俺はいつものように日々とバー喫茶に来ていた。
「一条様、相撲に興味はございますか?」とマスター執事が話しかけてきた。
「興味は無いけど嫌いでもないよ。どうして?」
話題を振られるのは嬉しいが、多分ろくでもない話題なのだとは思うのだが。
「一条様は伝説の力士をご存じでしょうか?」
「伝説の力士?いや、知らないけど」伝説の力士なんて聞いた事が無い。
「ある、強豪が集まる相撲部屋に特に最強と呼ばれ、無敗を誇った10年に1人の存在が5人同時にいた世代はキセキの世代と呼ばれ―」
「黒〇のバスケか!」
なぜ相撲の世界にバスケのネタがぶっ込まれたのかが理解できない。正確にはネタではないのだけれど。
「その中でも最も強い力士は、キセキの里と5歳児に名付けられ、正式に四股名として決まります」
「なんか、キセキの世代と希勢の里が合体されてるな。というか親方が名付けたんじゃないのかよ!」
よく5歳児の、しかも部外者が付けた名前が正式な四股名になったな。しかも5歳で黒〇のバスケを知っているのが驚きだよ。そして普通にネーミングセンスが悪すぎる。
「キセキの里はすぐに横綱になるも、なんか相撲飽きた、と突然力士を辞めます」
「直ぐに横綱にはなれねえだろ。つーか飽きたってそんな理由で辞めたの?」
せっかく横綱になれたのに辞める理由がしょうも無さすぎないか、と思い聞きかえしてしまう。
「そのすぐ後に、やっぱ相撲といったらモンゴルぜよ!。とモンゴルに行き、ちゃんこ鍋屋を経営しました」
「そいつ日本人のプライド捨てたな!つーかなんでいきなりぜよ、なんて言葉使いになるんだよ!大体、飽きたって理由で力士を辞めるような奴がなにやったって成功するはずねえよ」
どんな人間だ。絶対真面じゃないだろ。しかも相撲に飽きて力士を辞めたのに相撲に携わる仕事をしようとしているのがそもそも矛盾してるだろ。
「ところが、モンゴルは寒いのでちゃんこ鍋屋は大ヒットし一躍セレブの仲間入りを果たしました」
「ムカつくな!ちゃんこ鍋屋なんて出さなくても既に温かい食べ物なんてモンゴルに沢山あるだろ!何でそんなに流行るんだよ。そんなやつがセレブになるなんて世の中不公平だろ!」腹が立って大声で怒鳴ってしまうが、俺は悪くないと思う。
「そして翌年に自身の自伝を書いた、人生とは何が起こるかわからない!という本を手書きで書いて出版しました」
実物本を取り出して見せてくれる。持ってるんかい。
その本を俺に渡してくれたので実際にパラパラとページを捲って読んでみると幼稚園児が書いたような汚い字で書かれているのが最初に目に入る。
「字汚っ。ちゃんと活字で出版しろよ。メチャクチャ字が上手いならまだしも字が汚いのに手書きで書く意味が分からねえよ。こんな本売れるわけねーだろ」
「2000万部を超える大ベストセラーになりました」
「何でだよっ!」勢いよくツッコミを入れる。
「その後キセキの里は豪遊に豪遊を重ねスマホゲーに課金しまくったり、1日で何千万円もの札束を街にばらまいてはそれを拾いに集まった人を見て嘲笑したりしてセレブと愚民共の違いを見せつけました」
「そいつ、お金の使い方間違えるだけ間違えているじゃねえか!しかもメチャクチャ性格悪すぎるだろ!」
イライラしながらも会話を続けようとする。
「という伝説の力士の話でございました」
終わりかよ。話終わっちゃったよ。
「いや、ほとんど力士としての話してねえじゃねぇか。ただ経歴をちょっと話してもらっただけでその後は力士を辞めた後の話だったよ」
「多くは語らない。それが美学でございます」
「なら話題振るなよ!」
毎回そうだが1回マスター執事をぶん殴ってやりたい。今はキセキの里にイライラしているのもあるのでこいつが全部悪いわけではないのだが。
「先輩は美学とかありますか?」
「いや話は終わったとはいえ今ここで急にそんな逸れた話題を振るなよ」日々の視点がいまいち分からない。本当に性格は良いのだが頭が悪いので視点が全然別の所に向く事がよくある。
「美学とは何なのでしょうか」
「マスター執事、お前もそのメチャクチャ面倒くさい話題を今ここで振るな」
こいつらは面倒くさい話題を平気で振るなと思い、ツッコむ。
「ちなみにキセキの里様が言うにはその人の人間的価値、との事でだそうです」
「いちいち腹立つなそいつ!」頭にきてついカウンターを叩く。
「信条を持っているなんてカッコイイですね」笑顔で言う。
「全然カッコよくねえよ。どこをどう聞いたらカッコよく聞こえる」そのままカウンターを叩く。
そこへマスター執事が本を捲って「キセキの里様の自論では美学を持って良いのは金持ちだけだそうです。愚民共は地べたに這いつくばっていろともこの本に書かれていました」と書かれているページを見せる。
「とことんゲスだな!」
「ゲスなんて言葉を使っちゃだめですよ先輩」と急に俺を注意した。
「なぜ俺だけに注意をする。たしかにここには俺とマスター執事と日々しかいないが、俺に注意する前に一言くらいキセキの里に苦言を呈するなり批判をしろよ」カウンターを叩き続ける。
「キセキの里さんはちゃんと成功しているじゃないですか」
さも当然というような表情でそう言う。
「たしかにそうだけど、だからこそ直たちが悪いんだよ!」
カウンターを叩き続けたまま大声で指摘する。叩きすぎて手が痛い。
「まあ、色んな人がいますから」怒りを沈めさせようと急に話を締めくくる。
「マスター執事、カクテル頼む。気分が悪くなったから酔って良い気分になりたい」
こうしてその夜はバー喫茶でお酒を朝まで飲み明かす事になった。
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