種の行方

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 荒野にぽつりと立つ枯れ木の前を、ひとりの男が通り過ぎた。 (生体番号1011001。現在検索中……判明。南の集落に住む人間のデータと一致。履歴を参照中……判明。二十七日前にこの場所を通過済み。特記事項:なし)  男は右足を引きずりながら歩いていたが、ついに限界を迎えたらしく、ばたりとうつ伏せに倒れ込んでしまった。大事そうに握り込んでいた小さな麻袋が、その衝撃で手から離れてしまう。 (体温が一般男性の平均数値を大幅に超過。極度の疲労により生命機能の危機に達している模様。至急水分の摂取と約十二時間の休息を推奨)  男はそれでも、先へ進もうとしていた。しかし、すでに身体は自由が利かなくなっているようで、唯一動くと見受けられる右手の指先が、荒野に爪痕を残して砂を握り込んでいた。  旧文明に取り残された一介の蠅である私は、枯れ木から男の眼前へと移ることにする。 (コア稼働開始。残存エネルギー約3%。省エネモードへの切り替えを強く推奨。省エネモードの切り替えを強く推奨)  再びエネルギー節約状態に戻り、私はそれをつぶさに観察する。男の瞳は、今も熱い何かを宿していた。奥行きわずか0.7mmの角膜の中に、夕陽の沈み際にも似た、果てしない深みがあった。それは、機械である私には持ち得ないものだった。 (現在解析中……結果:不明)  やがて、彼の目から涙が溢れ始めた。頬を伝うそれは荒れた大地に染み込み、わずかばかりの潤いを与える。貴重な水分が非効率な失われ方をしてしまう。 (交感神経が活性化中。感情が昂ぶっている模様。冷静さを欠いていると見受けられる)  やがて、彼は地に伏せたまま野垂れ死んだ。  誰にも看取られることなく、男は有機生命体としての終わりを迎えた。  追い打ちをかけるように、冷たい風が吹いた。
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