ブックマークを外さないで

2/5
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 3年前、取引先の企業との合コンで、私は同僚の子たちに誘われて、半ば無理やりそれに参加させられた。  興味のなかった私は、同僚の数合わせのために駆り出されたのだ。  あの頃の私は就職して一年目で、心身ともに疲弊していた時期だった。  地元の大学に進学し、卒業し、そして都会で就職。  これを機に生活環境を一新するつもりだったので、上京してから身の回りの物を買いそろえた。  だから実家から持ってきたのは高校時代から読んでいた、この恋愛小説くらい。  自分もいつかはそんな恋愛が出来るものだと信じていた。  ドラマのように都会に出れば、キャリアウーマンとして美しく華麗に立ち回れる。  困難も降りかかるが、それを彼氏に助けられ、協力しながら成功を収め、最後はハッピーエンド。  私もそんな小説の主人公のような人生を歩むものだと、勝手に思い込んでいた。  しかし現実は違った。  いくら頑張っても出世はしない。そもそも任されない。仕事を回してこない。有能な人間の間だけで仕事が回されている。  実際仕事といえば、雑用じみたもの。  職場環境はドロドロしていた。女子トイレでは鏡を前に、みんなが悪口陰口愚痴ばかり。  そんな話は聞きたくなかった。  あいつが失敗したとか、不倫してるとか。調子に乗っているだとか。  現実の人間関係は小説の紙よりも軽く、薄く、燃えやすかった。  そんな時に出会ったのが、彼だった。  合コンで出会った彼は、知的で洗練された好青年に見えた。  少なくとも、あの時の私にはそう見えたのだった。  まだ、都会の知らない私。  彼はいろんなことを知っていた。  美味しい小料理店。  お酒の美味しいイタリアン。  夜景の奇麗な高層ビル展望台。  海が綺麗な海浜公園。  流行りのアパレル。  高価なアクセサリーと、その取り扱い。  遊びから、ショップ、デートスポットまで。  ガイドブックにも、小説にも書かれていないことを、たくさん教えてくれた。  それが彼を、魅力的に映し出していたのかもしれない。  彼なら……  彼なら私に無いものを書き足してくれる。  そして、私という一冊の本を、最後まで一緒に読んでくれると思っていた。  大勢の中の一人。人間性などは必要とされていなかった都会。  職場では、私という中身などは関係ない。  結果と成果がすべてで、途中までのストーリーには一切意味がない。  そんな環境で疲れ果てていた私を、私という主人公の本を読んでくれている。一人の人間として接してくれているかと思っていた。  ……しかし、それも間違いだった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!