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 突然のことだった。御島(みしま)さや()がある朝目覚めると、起き上がることができなくなっていた。  思えばここ数日は、起床の際に重い頭痛のような不快感を抱えることが常だった。世話係のばあやがやってきてさや香を急かすのだが、肩から上が重苦しくて朝の支度もままならない。学校を休みたいとベッドの中で駄々をこねても、厳格なばあやが許してくれるはずもなかった。  そこでさや香は父、紀彦(のりひこ)に直談判した。娘に甘い紀彦ならば、多少のわがままも聞いてくれようという魂胆だったが、目論見は的中した。父は二つ返事でさや香の休学を認めてくれた。  これでゆっくり休むことができるとほくそ笑んだのも束の間、そうも言っていられないほどの気怠さがさや香を襲い始めた。頭の中は泥を詰め込んだように重たく、何も食べていなくても胃の中身が逆流してくるような嘔吐感がだらだらと続いていた。食事をとることができないため身体は急激に痩せていき、起き上がる労力にも健常時の何倍もかかるようになっていた。それで父母を始めとして、ばあやや家の使用人たちも医者を呼びつけたほうが良いのではないかと勘案しだした頃、さや香はとうとう起き上がれなくなった。  身体が上から押さえつけられたようになっていた。金縛りというよりは、肉塊にのしかかられている感覚である。生ゴミを誤って飲み下してしまったような不味さが胃からせり上がってきていた。極めつけに、芋虫が内蔵を這いずり回るごとき気持ちの悪さが常にあって、背筋に悪寒が走っている。  父は即座に医者を連れてきた。しかし明確な原因はわからないとのことだった。心因性の症状ではないか、と診断を絞り出した医師を、父は話にならないと怒鳴りつけた。今のさや香の衰えようは、精神的不調で説明できる程度のものではなかった。  その後も数人の医者がやってきたが、全員確たる診断は下せなかった。父の憤慨は相当なものだった。  けれど、最後にさや香を診にきた医師だけは少し違った。さや香の健康状態を一目見て、少し考え込んだのちにこう言った。 「これは、私どもで対応できる類の病状ではないかもしれません」  伝手がありますので、よろしければお繋ぎいたしましょうか。淡々と告げた言葉に、何でもいいからそうしてくれと父は縋った。  こうして御島家は祓い屋なんぞという胡散臭いものを呼ぶことになったのである。
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