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「祓いは完了いたしました。お嬢様の症状も、じき回復に向かわれるでしょう」  エントランスでそう言った天玄院を、紀彦と朱乃は唖然と見つめた。来訪した当初から決して顔色のいい男ではなかったが、今はげっそりと更にやつれていて、生気というものが余計失われていた。 「あの、大丈夫ですか?」  朱乃がたまらず尋ねた。しかし天玄院のほうは「ええ」と短く頷いて会話を終わらせてしまった。紀彦に向き直る。 「御島様、不躾(ぶしつけ)で申し訳ありませんが、支払いのほうを」 「あ、ああ」  紀彦が手に持っていた封筒を渡すと、素早く中身を確認して頭を下げた。 「確かに頂戴いたしました。これにて失礼いたします」  そう言って扉へ振り返ったが、何かを思い出したように立ち止まる。じとりと暗い目で、天玄院は紀彦を見つめた。 「御島様、先ほども申し上げたかと思いますが、まことに勝手ながら、依頼を引き受けるにあたって御社について少々調べさせていただきました」  いったい何の話だ、と紀彦が眉間に皺を寄せる。天玄院は構わず続けた。 「御島の下請け工場で、先日、自殺者が出たそうですね」  紀彦の顔が引きつった。 「原因は過酷な労働状況にあったとか。御島は急速な成長に合わせて商品生産量も増やしていますが、製造ラインがそれに追いついていない。退職に追い込まれた従業員も多くいるそうですね。しかしあまり大きな報道はされていないと見えます。御島グループのほうでどうにかして揉み消しているのですね」  淡々と話す天玄院は、余命を宣告する死神のようだった。 「半年前など、過労死者も出ています。それで遺族が裁判を起こしましたが、結果は原告側の敗訴。……まあ、弁護士先生にも金次第、という部分があるのでしょうね。私も人のことは言えません」  紀彦から受け取ったばかりの封筒を背広の内にしまって、天玄院は辞儀をした。そのときに、ぼそりと聞こえてきた声が言うには、 「……それでも、ご遺族の方々は、さぞ無念だったことでしょうねえ……」  唐突な寒気に襲われて、紀彦は震えた。天玄院が顔を上げる。鋭い三白眼と目が合った。 「……長々と失礼いたしました。これにてお暇させていただきます。」  重厚な玄関扉を音も立てずに開け閉めして、天玄院は去っていった。  けれど、自室で寝ていたさや香にはその気配が感じとれた。  さや香は起き上がって、窓のカーテンに手をかけた。今日一日だけで大分動けるようになった。外を覗くと、ちょうど天玄院が屋敷を出ていくのが見えた。羽矢の姿は見えなかった。  窓から離れ、さや香はまたベッドに入った。まだ少し眠気が残っていた。
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