9パーセント

1/1
前へ
/1ページ
次へ
 僕はアルコールに強くなかった。ちょっぴり酔える程度のアルコール濃度の飲料で、しっかり酔えてしまうほどの強さ。コスパが良いといえばそれまでだが、楽しめる時間があまりに短いと個人的には感じる。  対して彼女はアルコールに強かった。買う缶チューハイはいつもストロング系だった。しかも500ml。それを飲んだあとの顔は僕と変わらない。明らかに僕と身体の構造が違うようだ。  そもそもストロング系が美味しいのか疑問である。お酒どころかアルコールそのものを飲んでいるよう。それが良いと彼女は口にするが、甘いチューハイばかりの僕からしてみれば、それは肯定する要素になり得るのか疑問だった。 「仕方ないじゃん。私が酔うにはそれが一番コスパいいもの」  と、決まって彼女は言う。  この地球にはおそらく2種類の人間がいて、美味しいからお酒を飲む人と、酔いたいから飲む人といる。彼女と出会ってそれを知った。  そして彼女はだいたい後者で、前者であるときはいいことがあったときとか、好きなアイドルが誕生日を迎えたときとかだった。そういうときに飲むのは少なくともストロング系缶チューハイではなく、自分で割って飲むタイプのリキュールだったりする。その一手間を大事にしていた。  銀色のなにも飾り気のないタンブラーに氷を入れて、三分の一ほどリキュールを注ぐ。残り三分の二を炭酸水で満たす。並々注いで溢れそうになりながらも、表面張力でなんとか耐える水面に口付けして、慌てるように啜ったいつもの一口目。それが彼女のいつもの飲み方。  当然、居酒屋やバーなんかでそんな飲み方は出来なくて、それが嫌なのかどうかは定かじゃないけど、家飲みのほうを彼女はよく好んだ。上品に楽しむとか、周りの目を気にして落ち着いて飲むとか、そういうのはあまり好まなかった。 「結局缶のお酒が一番安くない?しっかり酔えて」  またコスパの話をしてる。けど酔っ払った君はあながち嫌いじゃないから、それでもいいかって思える。実際安上がりなのは助かるし。  彼女のアルバイト終わりに迎えに行って、そのまま近くのコンビニで缶チューハイを買って、2人して飲みながら帰った。実際家で飲むよりもそうしてる時間が多かったかもしれない。  すっかり夜になったとしても、テレビなんかじゃまだゴールデンタイムと呼ばれるような時間だったりして、当然周りに人は歩いている。  それを気にしないのは彼女と一緒にいるからなのか、酔ってるからなのか。それもいつもよくわからなくなって、けど悪い気持ちじゃないからまあいいかってあまり考えなくなって、素面じゃ手を繋ぐだけの二人が腕を組んで歩く二人になる。そんな様子を周りに見られてるなあって否応なく感じるけど、そんな視線が多分肴になってるくらい、僕たちは出来上がっていた。  帰り道の先はだいたい僕の家。彼女より僕の家のほうが近いし、基本的にいつも部屋は綺麗だし。20分満たない片道を、僕らはたわいもない話をおつまみ代わりにしながら、缶を傾けながら歩いていた。暑くても寒くてもくっついて飲んでいた。  二人してすっかり完成されて部屋に流れ込む。そのまま盛り上がってセックスする日もあれば、偶々やってるバラエティを見ながらまたもう一杯重ねたりする。すぐ風呂に入るときもあるけど、そのときは必ず水を飲ませる。そうやって頭が少し冷めてしまった、そうやって見えた僕たちとその二人の世界というのは、とても刹那的なものだっていつも分からされる。  だからそういうときはシャワーだけで済ませるか、明日の朝にシャワーすることにする。酩酊した世界から目が覚めないように。  僕らが会ってるとき、いつも酔ってるわけじゃない。そんなことは当たり前のことで、別に酔っ払ってなきゃ愛を伝えられないひ弱な二人でもない。  彼女は酔っ払っててもそうでなくても変わらなくて、二人のときはいつもくっついて、キスを強請り、濡れた長い髪を乾かしてとドライヤーを持って僕の前に座る。  みんなの前でそんな密着したりすることは流石にないが、誰に対しても堂々と僕が大好きだと言うほどに愛されている。恥ずかしい半分、嬉しい半分。  そんな彼女に酔っ払っていてほしいと思うのはなんでだったのか。  机の上に置いたのはアルコール9%と書かれたストロング系缶チューハイピーチ味。日和って350ミリリットル。  プシュっと音を立てて開いた。そのままなににも染まっていない喉に流し込んだ。炭酸の刺激に負けるまで流し続けて、机に缶を戻した後の感想は、やっぱり美味しくないなあって変わらない。  どうしてこれを好んだのか僕にはわからないままで、そういえばどうして僕を好んだのかもよくわからないままだった。  僕がストロング系を飲んだらシンプルに体調が悪くなる。酷いと吐いてしまう。だから彼女の前では酔い潰れないように、ストロング系は飲まないようにしていた。なんなら一人で飲むことも無かったから、本当に飲む機会は彼女から一口もらうくらいだった。  そんな僕が今おつまみも無く、ただただテレビから雑音が流れるだけの静かな世界で、缶の中の毒にも似た液体を身体に流し込む。自分の身体に耐性をつけるように。この突き刺さるような味にも慣れなきゃいけない。勝手にルールを設けて避けていたこのアルコール濃度を解禁して、僕はこの味に溺れなきゃいけない。  確かにコスパがいい。あっという間に僕は意識を失ってしまえる。そんな気がしてようやく飲み干した。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加