解禁曜日

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 今日の業務も、終わりを告げようとしていた。  いつものように無言で淡々と仕事をこなす社員たち。  会話をする必要もない。  全てはパソコンのディスプレイの指示に従えばいいだけのこと。  しかし今日は違う……  皆、17時に近づくにつれ、ソワソワと落ち着きが無くなっていく。    そして17時になった瞬間……  職場に響き渡る歓喜の叫びが、私のデスクを揺らす。 「よっしゃ―――終わった――!!」 「さあ、行くぞ! 早くしないと満席になっちまうぞ!」 「今日は飲みまくるぞ!!」  勢いよく立ち上がる男性社員。  そうかと思えば、女性社員たちが一か所に集まり、雑談に花を咲かせる。 「ねぇ、どうする?」 「たまには歌いにでも行く?」 「飲むのもよくない?」 「あんた飲んでばっかじゃん! 先週だって」 「こんな日に飲まないでどうすんのよ!」  久し振りに家族以外の女性の声を聞いた気がした。  ああ、あんな声をしていたんだなと。  上司である私でも、久しく聞いてない部下の声。  そもそも、彼女たちの名前も……忘れてしまった。 「部長! 飲みに行きましょう!!」  入社して3年目だったか? 若い男の主任が、私のデスクの前まで駆け寄ってくる。  そうか……今日は金曜日だったか…… 「そうだな」  職場の男女合わせて5人が、すでに準備をして私の立ち上がるのを待っていた。 「早く行きましょう!!」 「まあ、そう慌てるな」  急ぐ理由はあった。  早くしなければ飲食店が満席になって、座れなくなるからだ。  今日は金曜日。  金曜の17時から24時は、一週間の中での唯一、管理システムが停止する日だ。  最低限の治安、医療、防災、インフラのシステムを除いて、メンテナンスモードのため機能が停止する。  左腕に巻かれた端末は光を失い、スリープモードへと移行する。  この時間のみ管理システムから解禁され、われわれ人間は自分の考えで行動しなくてはならない。今までのように、待っていればバスが来るわけでも、座席が用意されているわけでも、食事が提供されるわけでもない。  私は彼らに急かされて、会社を後にする。  この日の、この時間のみ稼働する飲食店。  急いだ甲斐があり、私たちは運よく6人座れる場所を確保した。  そして入店して間もなくして満席になり、店内は喧騒に包まれる。  今日は、前世紀のような早い者勝ちという不公平で、非合理的なシステムで他者を蹴落とし勝ち抜かなくてはならない。  商品にも限りがある。売り切れになる前に、注文しなくてはならない。    調子の良い若い男性社員が、私に尋ねる。 「部長は、何にしますか!」 「そうだな……久しぶりに焼き鳥でも食べるか」 「じゃあ、全種類、人数分頼みます!」  卓上のタッチパネルに景気よく数を入力していく。 「おいおい、君、頼みすぎだろう」 「いいんですよ! たまには! 部長は塩でしたよね」 「いや、最近血圧が……」 「関係ないですって!!」  いつも左腕の端末には、血圧の高さで警告されるのだが、今日は大人しく何も言わない。 「たいてい美味しいもんて、体に悪いものなんですよ。酒だってそうですし」 「確かに、サプリや薬なんて、苦いだけだしな」  毎日配給されるサプリメントは、私の年代の人間にとっては、あまり美味しいとは思えない。  しかし自分の体のためならば、しかたのないことだ。  まもなくして、酒とつまみが配膳ロボにより配られる。  人数分の生ビールで満たされたジョッキが行き渡ると、お互い威勢よくぶつけ合い乾杯をする。  久し振りに飲む酒は……悪くはない。  昔はこれが当たり前だったものだが……  私はテーブルに広げられた、食材そのものを生かして調理された料理を摘まみながら、体にとって何のメリットもない酒を体内へと流し込む。  久しく体感していなかった、意識が身体を抜け出るような、心地よい酔いという感覚を味わいながら、目の前ではしゃぐ若い社員たちのことを、ぼんやりと眺める。  そしてつい、酔いにまかせて尋ねてしまう。 「なあ、君たち若い人間は、今の生活に満足しているのか?」 「え? なにを言ってるんですか? 部長?」 「すげー満足してますよ。楽だし、ストレスなんて感じないですし」 「そうですよ。仕事も楽ですし、こうやって週一で好きなこと出来るんですから」 「そうか? 昔はよかったんだぞ。こんなこと毎日できたんだからな」 「部長……昔はよかった……なんて、そんなこと言う様になったら、もう歳をとった証拠ですよ」 「そうか?」 「そうですよ。時代は進歩していくんですって。昔より未来の方が、便利で幸せになっていくに決まってるじゃないですか」 「……そうだな」 「そうですよ。さあ、時間もないんですから、どんどん飲みましょう!」  ……どうやら、  …………少し酔ってきてしまったようだ。  昔を懐かしんで……あの頃に戻りたがるなんて。  とんだ懐古主義者だ……  時代が進めば科学技術も進歩し、生活も豊かになっていくに決まっているではないか。  その証拠に、私もこうして無事に何事もなく生きていけている。  家族だって、幸せだろ。なにが不満だって言うんだ?  戦争もなければ、喧嘩の一つだって起きやしない。  事故も病気もない。  何も心配することなんてない。  そう……このまま任せておけば……  時代が進むにつれ、この世はもっと良くなるはずなのだから……
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