小惑星のなりそこない

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 何億光年、あてもなく宇宙を彷徨う。  長く、寂しい、旅の果てに、もう自由も孤独も忘れてしまった。それが、小惑星のなりそこないである、彼だ。  彼は、眩しく輝く恒星の間をすり抜けるように進んで行く。前方にも、一面に輝く星の数々。彼はこれからその中へと向かって行く。しかし、本当はそれらの星々と彼が通るルートとの間には途方もない距離があるのだ。きっと、どの星も、引力で彼をキャッチし自らの恒星系に招き入れる事はできない。  彼は、目を閉じた。叶わない物が、叶わないままに、目に見え続ける事は生殺しのような苦しみである。これでもうどこを進んでいるのかも分からないし、他の星へ近づいている事にも気付かない。それでいいのだ。未練などなかった。ただ、「そんな物はいらない」と自分に言い聞かせるだけで、彼はほとんど迷いなどないふりをして、目を閉じる事ができた。  真っ暗な闇の中で、彼は不思議と昔の情景を思い出した。彼は温かく光る恒星の周囲を周り、そしてそれは永遠に思えた。  だが、その恒星は突然明るく光りだし、やがて爆発した。衝撃波と熱は一瞬のうちに彼や、他の惑星を吹き飛ばし、気付くと彼はただ宇宙を彷徨うただの石ころとなっていた。  遠くに塵と化した恒星の姿が見えた。やがて恒星はブラックホールとなり、今度は周りの石や星や光を呑み込み始めた。彼はそれを見て「俺は運がいい」と思ったのだ。彼は既にすっかり遠くに飛ばされていて、ブラックホールの引力が及ぶ範囲を超えていたから。しかし、今、彼は真逆の感想を持つ。彼がブラックホールの引力圏の外まで飛ばされた事は不幸な事だった。  何だか、周りが温かくなっているように感じた。回想ではなく、現時点での話である。暗い夜に、朝日が差し込むように、温かく、そして騒がしくなってきている。  彼はゆっくり目を開けた。近くに恒星があった。そして、今、彼は惑星たちの間を縫うように進んでいる。こんな大きな星を近くで見るのは、何億年ぶりだろうか。輪っかがついているからか、近くで見る惑星の存在感に気圧されそうになる。  彼は明らかに恒星に引き寄せられていた。どんどん、恒星が大きく、明るく、そして熱くなっていく。 「タイミングさえ合えば…」 彼はそう思った。恒星の莫大な引力と彼の僅かばかりの引力のバランスが取れるタイミングが訪れれば、彼の軌道は大きく変わる。彼はこの恒星の周囲を回りだす事になる。つまり、彼の長い孤独の旅は終わるのだ。    彼はそのタイミングを探し、前方に目を凝らした。次の惑星が近づいてくる。青く美しい惑星だった。このタイプの惑星には水があり、生物が存在する可能性がある。この恒星系は多様性に富んだ、理想的な所である。 「ここだ。ここが俺の目的地だったんだ…」 彼はそう確信した。彼の計算では、この青い惑星を過ぎて暫くいったところで恒星とのバランスがあう。その絶妙なタイミングで空間座標を維持できれば、彼は恒星系の周回軌道へと入るのだ。彼は小惑星のなりそこないから正真正銘の小惑星になろうとしていた。  その時、青い惑星から赤い光が発せられた。赤い光は一直線になり、彼へと向かってくる。それがとても危険な物である事だけが本能的に分かった。だが、彼は真っすぐ進む以外の方法を持ち合わせてはいなった。  赤い光が彼の中心に直撃した。赤い光は彼を貫き、そして消滅した。一瞬の間があり、そして彼は崩壊し始める。 ボロ………ボロ……ボロ…ボロボロボロボロボロ  崩壊は徐々に大きくなり、やがて彼はほとんど見えない程細かく、何兆もの砂粒となった。  彼の近くを一隻の宇宙船が通過した。宇宙船から乗り組み員の声が聞こえる。 「母星へ衝突する可能性があった隕石は完全に消滅致しました」 乗り組み員は青い惑星の生物らしい。かなり文明の発達した生物だ。宇宙船を乗り回し、レーザー光線で隕石を破壊できる。 「あと、少しだった…」 彼はこと切れる前の一時そう思った。 「でも、これでもいいや。旅の終わりには変わりない…」 彼は宇宙船をぼんやりと眺めた。乗り組み員がこちらを見ている。 「ありがとう。これで俺は救われた…」 彼の最期の呟きは、永遠に続く宇宙の波間に一瞬のうちに消えて行ったのだった。
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