信長まつりに際して

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 皆と一緒に甘ったるくべたべたとくっつくように行動する。皆、しっかりした考えも信念もなく只々仲間外れにされないよう皆と同じようにするより仕方がないのだ。SNSの返信にしても面倒くさくても仲間外れにされないよう直ぐにする。結局の所、重荷になるような人間関係を無理に続けることになり、会いたくない時でも無理に会う。そして皆と一緒に甘ったるくべたべたとくっつくように行動する。古今東西、似たり寄ったりで古代中国に於いて俗人たちを荘子はこう風刺した。 「小人の交わりは甘きこと(れい)の如し」  醴とは甘酒のことで甘ったるくべたべたな感じをイメージさせるではないか。朱に交われば赤くなるで醴子もまた名前通り甘ったるくべたべたした人間関係に染まっている。  先日も「ぎふ信長まつり」に行きたくないのに信長に扮するキムタクの大ファンである亜希代に誘われ、他の仲間も行くというので断れ切れずに行く仕儀になった。で、去年一昨年以上に(それどころか政府が旅行支援、水際対策緩和した廉で案の定、新たな変異株が流入し流行して感染拡大した結果、直近一週間の感染者数世界ワーストワンとなった)コロナが感染拡大しているのに3年ぶり開催って意味わかんないと醴子は思いながらも皆と一緒に甘ったるくべたべたと出掛けたら岐阜市の人口を遥かに上回る人出となって、これじゃあ高知の阿波踊りの二の舞よと思ったものの心配する気持ちを噯にも出さずに騎馬武者行列の観覧と相成った。     けれども、立錐の余地もない群衆の中で背の低い醴子は、眼前の頭とかが邪魔でほとんど行列を見ることが出来なかった。おまけにスマホで撮影しようとしても思うように出来なかった。それでも行列が行き去った後、やっぱキムタクって最高にカッコ良いよねと言う亜希代に話を合わせるのだった。  醴子は矮人の観場という故事成語にぴったり当て嵌まるが、逆にしっかりした考えも信念もあるので甘ったるくべたべたした付き合いをせず、付き合いたい人とだけ交流する人を荘子はこう評した。 「君子の交わりは淡きこと水の如し」  必要以上に関係を持たないあっさりとした水のように清い付き合い。君子は煩わしい余計な付き合いなぞしないのだ。そして他人に累を及ぼすことはないのだ。亜希代はその逆であることは言うまでもない。おまけにコロナに感染させるとなれば、堪ったものではない、それこそいい迷惑だ、いや、それどころの騒ぎではないと醴子は思わなくもないが、多大な経済効果があるという話だし、こういう騒ぎも必要なのだと目先にしか頭が回らないのだった。
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