39人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
開かずのピアノは放置された。
運悪く、香子がクローバーのカギを拾ってしまうまで。
カギが見つかった場所から察するに、それは洋服ダンスにしまってあった。なんらかの拍子に、落ちてしまったのだろう。
たおやかで、包み込む優しさを持つ飛鳥さん。
自分の娘ではないにもかかわらず、香子に愛情を注いでくれた。
香子は飛鳥を、本当の母親だと信じている。
彼女は良き妻、良き母であろうとした。
その姿は近所でも評判だった。
けれど、そんな彼女にも暗い一面があり、我慢ならないことがあった。
出て行った前妻に劣るのではないか、という不安。
本当は夫も子供も、前の妻、真の母親を望んでいるのではないかという疑念。
このカギは、その暗い気持ちに蓋をしていたのだ。
だとしたら。
彼女が自らを律して、爆発させまいと必死で抑え込んでいたのだとしたら。
「香子ちゃん。パパとママは好き?」
「うん、だあいすき! あ。妹のアスミちゃんのこともね」
だとしたら、カギによって抑止されていたものは、むやみに解き放つべきではないのかもしれない。
少なくとも、孫がもう少し大人になるまでは。
「香子ちゃん。この指輪とハートのカギは、またピアノの中にしまっておいで。それから、こっちのクローバーのカギは、お母さんに返すんだ」
「ええっなんで。せっかく開けたのにぃ」
「このことは、香子ちゃんと私の秘密だよ」
あなたのお母さんはきっと多くのものを抱え込んでいる。なんて難しい話、今の香子には必要ない。
「おばあちゃんって、やっぱり魔法使いなの? なんでも分かってるみたい」
香子の頭が左に傾く。
「ふふ。そう言ってるうちは、カギのことは忘れておくんだね。ああそうそう、おばあちゃんがひとつ魔法の言葉を教えてあげよう」
「なになに、教えて」
「帰ったらね、『お母さん大好き』って伝えておあげ。妹の明澄ちゃんは確かにちっちゃいけどね、お姉ちゃんだからって変に遠慮しすぎる必要はない。香子ちゃんも我慢しなくていい。甘えたいときは甘えたっていいんだよ」
それが鬱屈した心を解禁する、一番のカギだから。
吉乃は胸の奥で願う。
いつか再び家族の想いが解かれたとき、大人になった香子をまじえて、真っ直ぐに向き合えるように。
最初のコメントを投稿しよう!