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カコとお父さん
「ねえお父さん。お母さんとアスミちゃんは?」
ふたりとも、姿が見えなかった。
「郵便局に小包を出しに行ったよ。すぐ戻るんじゃないか?」
また、ふたりだけでお出かけしちゃったんだ。
妹の明澄ちゃんが生まれてから、お母さんとはなんとなく、距離ができてしまったみたい。
お母さんはきっと、あたしより明澄ちゃんのほうが好きなんだと思う。
あの子があたしの髪を引っ張っても叱らないし、小さな手のひらで叩いてきても注意しない。
二歳児の力だって、叩かれれば痛いのに。
お母さんが何も言ってくれないから、あたしは苦笑いしてるだけなんだ。
妹に対して、どんなにイライラしても我慢する。
だってお母さんともう一度ちゃんと、仲良くなりたいから。
あのさ、おばあちゃん。
お姉ちゃんになるって、そういうこと……なんだよね?
「そういえば、お母さんが香子のオヤツを用意してくれてたよ。冷蔵庫の中になかったかな」
「えっ、そうなんだ。お母さんの手作りお菓子、すごく久しぶり」
しぼんでいた心が、むくむくと元気を取り戻す。
お母さんはお菓子作りがとても上手だった。
あたしがリクエストすれば、ケーキでもプリンでも、なんでも作ってくれた。
もうずいぶん前のことだけど。
お母さんのオヤツのことは、すごーく気になる。
でもそれより先に、確認しなくちゃいけないことがある。
「お父さん、お仕事まだヘーキ?」
「ん。なんだい」
「これなんだけど、お父さんのカギ?」
「どれ……。あ」
コーヒーの液体が落ちるのを、無言で眺めていたお父さん。あたしが袖を引くと、ようやくこっちを見てくれた。
あたしの手のひらに視線を落として、息を呑むと、「貸して」の一言もないままにカギをかすめ取ってしまう。
「これ、いったいどこで見つけたんだ。いや、待てよ、形が違うか……?」
「ちょっとお父さん、勝手に取らないでよ!」
「ああ、悪い。なあ香子、もしかしたらこのカギ、俺のかもしれない。ずっと前から探してたんだ。自室の状差しにしまっておいたはずなんだが、いつの間にかなくなっててな」
「え、そうなの。じゃあお父さん、見つけたあたしに感謝しないとねっ」
誇らしい気持ちで、あたしはお父さんと一緒に仕事部屋へ向かった。
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