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あたしにとってピアノはただの置物だったけど、お母さんにとっては違うみたい。天国にいる「お母さんのお母さん」から譲り受けた大切なものなんだって。
それを知ってから、あたしもお父さんも勝手に触ったりしない。
小部屋に入ることも滅多にない。
だから、埃をかぶったピアノの蓋にカギ穴があると気付いたのは、実はこのときが初めてだった。
「あ、あら」
「どうしたの。ピアノ、開かないの」
「そうね、勘違いかしら。ここのカギじゃなかったみたい。ごめんなさいね香子ちゃん」
「そっかあ。じゃあそれ」
返して、と言う前に、お母さんが言った。
「これは預かっておくわね」
お母さんは自分のポケットに、しまってしまおうとする。
「待って! もう少し探してから渡すのでもいい? 別の場所も試してみる」
「だめよ。なくしちゃったりしたらどうするの」
「お願い。ぜーったい、なくさないから! 今日一日だけ、ね?」
だってもし不思議なカギだったら、お母さんにあげた瞬間に冒険は終わってしまうじゃない。
「そこまで言うなら……でも、本当に今日一日だけよ。明日になったらお母さんに預けてね」
あたしは嬉しくって飛び跳ねながら、お母さんに抱きついた。
すると少し間を置いて、優しい手があたしの髪の毛をすいてくれる。
すごく久しぶりな気がして、口から変な笑いがもれた。嬉しかったんだからしょうがないよね。
それからあたしは、カギ穴があるところを探しまわった。
台所の棚、アクセサリーの小箱、家のポストについた南京錠……。
家中を歩きまわって気付いたけど、このタイプのカギが入る穴はそう多くない。
あたしが見た中では、お父さんの古そうな仕事机の引き出しか、お母さんのピアノのどちらかしかなかった。
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