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お父さんか、お母さん。
どちらかが嘘をついていたのだろうか。
でもなんでそんな嘘をつく必要があったのか、あたしには分からなかった。
あたしは手の中で温かくなったカギを握りしめた。
もう一度試してみよう。
仕事部屋は、お父さんがテレワークを再開していて入ることができないから、目指すはピアノのある部屋だ。
お母さんに見つからないように、こっそり小部屋に忍び込む。
だってお母さんが「ピアノのカギじゃない」って言ったのに、しつこく試すのはなんだか気まずくて。
誰もいない薄暗い部屋に入り、息をひそめて、ピアノのカギ穴にクローバーのカギを差し込む。
かちゃり、と音がした。
「あ……開いちゃった」
思わず声に出して呟いた。
音がしたとき、やっぱり! と心がおどった。
あたしは、ピアノの蓋をそっと持ち上げる。
「指輪と……またカギ? 今度はハートの形」
鍵盤の上には、シンプルな銀色の指輪と、持ち手がハートの形をしたカギが置かれていた。
お母さん、開いたよって。
中からこんなものが出てきたよって。
教えてあげたら、喜んでくれるかな、褒めてくれるかなぁと想像した。
ありがとう香子ちゃんって、また頭を撫でてくれるかもしれないって。
でもあたしには、どうしても、お母さんが笑った顔が思い浮かべられなかった。困ったように眉を垂らす表情なら、いくらでも思い浮かぶのに。
少し迷って、あたしはハートのカギと指輪を取り上げて、そっとピアノの蓋を閉じた。
そしてそのまま、おばあちゃんのいる家まで駆けていったんだ。
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