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3.宴
アルベルトもルイソンと同様、出迎えたモノ達に連れられ車に乗り込むと、車窓から四百年振りに目にする変わり果てた故郷を無言で眺めていた。
アルベルトも記憶を失っており、何故ライカンと共に棺に入れられていたのかを、ぼんやりと考えていたのだ。
「兄さん・・ オルディア凄く変わったでしょ。人間が妙な力をつけてさ、あの美しかった僕達のオルディアをこんなにも汚したんだ。まぁ、でも便利にもなったから、僕達の中に喜ぶ奴もいる。この車って乗り物で人間のドライバーを雇えば昼間でも移動できるしね」
隣に座るケビンの話に耳を傾けたアルベルトは、車内を見回した。
「車と言うのか・・ 太陽の下でも移動できるとはな。ここから屋敷へ瞬間移動するのは遠いのか?」
「まぁね。それにこの方が楽でしょ」
「確かに力は使わなくてもいいようだ。しかし、ここがオルディアとは・・ 全く違う世界に降り立った気分だよ」
少し寂し気に呟くアルベルトの顔をケビンは覗き込むとニコリと微笑んだ。
「町の中心はそうだけど、僕達の屋敷は同じ場所にあって変わっていないよ。あの周辺には結界を張っていて誰の目にもつかないし、人間も寄り付けないからさ」
「そうか・・ なら安心した」
「うん」
屈託なく明るい弟に視線をおくると、彼の頭をトントンと撫でる。
「お前も変わりないな。あ、でも顔つきが少し大人になった」
「当り前です・・ ヴァンパイアだって成長するんだから。たかが四百年だけど、僕だって立派にパウル家を守ってきたのですからね」
「そうだったな。苦労を掛けて済まなかった。これからも、まだまだケビンの力が必要だと思う。よろしく頼むよ」
「勿論だよ。アルベルト兄さん!」
ケビンの膝上にある彼の手を右手で握るアルベルトに、嬉しさから頬を少し赤く染めるケビンが、飛び切りの笑顔で応えた。
ケビンが言う通り市街地を抜け暫く進むと、面影のあるひっそりとした街並みが姿を見せ始める。
ここに並ぶ民家は少しだけ近代的な造りになっていたが、それでもどこか懐かしさを残しており、ようやく故郷に戻ってきた気持ちで心が躍り出す。するとアルベルトの視界に思い出が詰まった自身の屋敷が飛び込んで来ると、思わず運転席に身を乗り出してしまった。
「バウルの屋敷はそのままなのだね。あああ、良かった・・ ケビン有難う」
「エヘヘヘ」
兄に褒められたケビンは、喜びで胸が一杯になると照れを隠すように人差し指で鼻下を擦る。
生まれ育った時のままで現れた屋敷に足を踏み入れたアルベルトを、多くの同族達が笑顔で出迎えた。
「アルベルト様、お帰りなさいませ」
「パウル卿、ご無事で何よりです」
「ご当主様、またお会い出来て嬉しく思います」
皆アルベルトの復活を待ち侘びていたかの様な口振りで彼に祝辞を投げかける。
アルベルトは、皆と簡単な言葉を交わしながら屋敷内を時折見渡した。
玄関を入ると直ぐ頭上にある華やかなシャンゼリゼと立派なグランドピアノが昔の姿で目に入る。大きな玄関ホールの右手には金のドアノブに彫刻が施された両開きドアがあり、抜けると広大なリビングとダイニング、そしてキッチンへと続く。入口の左側はダンスホールで、アルベルトの両親が頻繁にパーティを催していた。玄関ホールの突き当りには幅の広い大理石でできた階段が現れ、その階段を十段程登ると踊り場があり、そこから左右二手に別れ吹き抜けの二階へと続くのだ。
アルベルトは彼を出迎えた群衆にあまり見知った顔と出逢わなかったが、軽く会釈をしながら階段下まで辿り着く。そして、ふと見上げたその先にやっと自分の記憶にある顔を見付けるが、その途端、アルベルトは強烈な頭痛に襲われると手を額に添え少しよろけてしまう。
階段を上がった踊り場に飾られているアルベルトとケビンの父ニコラ・パウルと母アニータの肖像画が、アルベルトの視界に入り込んだのだ。
「アルベルト様っ」
咄嗟にアルベルトを支えたのは、パウル家に長きに渡って執事として仕えるエイデン・ムーアであった。
「エイデンか? 懐かしいの」
「はい、本当にお久しゅうございます。ご無事で何よりです」
アルベルトは執事のエイデンから目線を外すと、再び壁に掛る両親の肖像画に意識をおくる。
「母上は未だ里にいらっしゃるのか?」
アルベルトの問いにエイデンは背筋を伸ばすと、再会で踊っていた心に暗い影が降りる。
「申し上げ難いのですが・・ 実は・・」
「アルベルト兄さんっ! 何故ボーと突っ立てるのですか? 今夜の主役ですよ。それと・・ あれ? どうしたのエイデン? 兄さんとの再会なのに何でそんなに暗い顔をしているの?」
エイデンはケビンの登場に作り笑いを浮かべると胸に手を置きケビンに対して頭を下げる。
「アルベルト様の復活に心が震えるあまり言葉を失っておりました。暗い顔に見えたのならば、申し訳ございません」
ケビンは横目で頭を下げるエイデンを一瞥したが、直ぐに気を取り直すと、彼の背後で控えていた美しい女性と男児と共に意味有り気な仕草をする。
「実は紹介したい人が居るんです」
少し恥ずかし気に語るケビンは、左右それぞれの腕で女性と男児の背中を押すと、アルベルトの前に立たせた。
女性が、アルベルトと目線を合わせカーテシーで挨拶をすると、男児は足を交差させ腕を胸部に置き軽くお辞儀をして見せる。
「兄さん、僕の妻クロエと息子のヒューゴだよ」
アルベルトは少し目を大きく開け喜び一杯の表情で一歩近づくと、クロエの手を取り甲にキスをする。そして、しゃがみ込みヒューゴと目線の高さを合わせニコリと微笑んだ。
「始めましてヒューゴ。出逢えて嬉しいよ」
「はい。僕も同じです。アルベルト叔父様」
叔父と呼ばれたアルベルトは、口元に手を置き苦笑いを浮かべながら立ち上がる。
「そうだね。僕は叔父さんなんだね。ケビンおめでとう。ヒューゴを見た所、四百歳位かな? 祝ってあげれなくてごめんね」
アルベルトはケビンと向き合うと軽く首を横に傾け不甲斐ない顔をする。
「気にしないで。ここに居る皆が祝ってくれたから」
「そうか・・」
アルベルトは階段を上り中段にある踊り場で振り返ると、屋敷に集まった群衆に視線をおくる。
「今宵は私アルベルトの帰還祝いに駆けつけてくれた事を嬉しく思う。私が不在の間、ここに居るケビン、そして弟の家族を支えてくれて、本当にありがとう。心から礼を言う」
アルベルトは胸に手を置き皆に軽く頭を下げると、次に両手を広げた。
「このアルベルトが復活したのだ。もう恐れる事はない。今夜は、存分に楽しんでくれたまえ」
アルベルトの演説を静かに聞いていたモノ達が、一斉にアルベルトを拍手で称えていると、ケビンがシャンペーングラスを両手に階段を駆け上がり、グラスを一つアルベルトに渡す。
「パウル卿当主の復帰を祝って、カンパ――イ!」
「カンパ――イ」
一斉に多くのグラスが宙に上がるとアルベルトの復活を祝う宴が始まったのだった。
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