夕焼け小焼け

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 面接からの帰り道、俺がいつもの道を歩いていると、小川と再会した公園が見えた。  すると公園から「小川先生、こっちー!」という女の子の声が聞こえた。俺が声の方を向くと、公園の噴水の傍に、小川が立っているのが見えた。小川はスーツを脱いで、白いシャツを腕までめくっていた。  小川の周囲には、制服姿の中学生が何人もいた。それを見て、俺は小川が前に話していた教育実習が始まったのではないかと思った。  小川は中学生と、親しげに話している。はたから見れば、微笑ましい様子に見えるだろう。  その時、小川の周りにいた中学生の中から、坊主頭の男子生徒が飛び出した。男子生徒は噴水の方に向かうと、噴水の水を両手で掬って、小川の背中にかけた。小川はうわっと声を上げると、後ろを振り返り、にやっと笑った。 「こら、やったな!」  男性生徒が小川にかけた水が、小川の傍にいた女子生徒にもかかった。長髪の女子生徒は顔に両手をあてて、その場にしゃがみこんだ。しかし男子生徒も、小川も、女子生徒に気づいていない。気づいているのは、俺だけだ。  俺はその女子生徒に、中学時代の飯島を重ねた。俺の全身が、急にカッと熱くなった。小川は「先生のシャツ代、弁償してもらうからな!」と笑い声を上げながら、男子生徒を追いかけた。  その時、俺の脳内に火花が散った。先ほど自分が面接で話していた言葉が、頭の中でリフレインした。 ――私の長所は、優しいところです。  すると噴水の前にいた他の中学生たちが、小川を追って走り出した。その場には先ほどしゃがみこんだ女性生徒が一人だけ、残された。彼女は俯いたまま、起き上がろうとはしない。 ――私はどんな人とも仲良くなれます。大切なのは、寛大な心です。  俺は持っていた鞄を、手から放した。アスファルトに落ちた鞄が、どんと乾いた音をたてた。  俺は心の中で、はっきりと思った。俺は飯島をいじめた小川のことが、大嫌いだ。そんな小川が教師になるなんて、俺は認めない。応援もできない。
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