お宅訪問

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 お邪魔します、と案内された部屋はものすごく殺風景だった。    なんというか、もともと家族として成立していた部屋から、家具などを取り出して、無理やり一人暮らしの新しい最低限の家具を入れたみたいなスカスカした感じ。 ダイニングテーブルが似合うスペースに勉強机兼、食卓みたいなテーブル。椅子もリクライニングにもなるようなチェアが一脚。  そこに、と言われたが、それは遠慮して、側にあったスツールを向かいに置いてもらった。  小さな冷蔵庫から出したオレンジジュースをコップに注いでもらう。氷は抜きで。  ファミレスのジュースバーでそうやって飲んでいた私を覚えてくれていたのだと、ちょっと驚いた。驚きとともに心が少し跳ねたのが自分で分かる。  そして、そんな自分に苦笑する。  エアコンが急激に室温を下げていく。  冷えたオレンジジュースが喉を通っていく。喉を鳴らさないように慎重に飲み込んだ。 「…一人暮らし、長いの?」 「いや、まだ半年ちょっとかな。去年の末に父親が転勤になって。母親は残るって行ったんだけど、明らかに父親のほうが俺より家事能力もないからな。高校卒業まで一年だし、元々大学は県外の予定で一人暮らしを始めるし、だったら卒業まではここに住んで、卒業と同時にここを引き払ったらいいんじゃないかってことになったんだ。」   「一人っ子?」 「いや、歳の離れた妹がいる。まだ小学3年生。両親と一緒に暮らしてる。」 「すごいね。一人で家事やって、成績も一番から一度も陥落しないで。すごすぎ。」 「自分のものだけだからな。洗濯にしろ掃除にしろ。それほど負担ではないよ。」 「食事は?」 「まあ、外食したり、買ってきたり。偶には作ったり。ご飯だけ炊いときゃなんとかなる。」 「参考になります。来年は私も一人暮らしの予定だから。」 「志望校はA大で決まり?」 「うん。国文科。付属大にはないからね。」 「聞いていい?」 「なに?」 「付属大にないから外部受験するの?それとも外部受験したいから付属大にない学科を探したの?」 「え?そりゃ、もちろん前者だよ?」 言いながら暑いとはちがう汗が出るのがわかった。 「テストで俺、満点取らない限りは毎回英語だけは北村に負けてる。」 「………。たまたまだよ。」 「言ったろ?毎回だって。去年は付属大の英米文学学科に志望出してたよな?」 「それは、親が、家から通えって言って。」 「県内にも北村の実力なら入れる国文科はあるよな?」 「え、A大の教授に教えてほしいんだよ!」 「誰?」  …しまった。やらかした。すぐに名前がでてこない。  大木はじっと私を見ている。暫く無言が続くとフッと大木の眼力が緩んだ。 「ま、色々あるよな、誰にでも。でもな、北村。」 「………」 「吐き出したくなったら、俯いて手を握るな。溜め込んだらいつか本当に出せなくなる。便秘になるぞ。」 「……ちょっと!女子にその言い方はないでしょ?」  軽く睨む。 「ジュース、おかわりいるか?それとも温かい飲み物の方がいいか?」 「じゃあ、カフェ・オ・レかココア。」 「男の一人暮らしにあると思うか?」  ブホっと二人で笑って緊張が完全に溶けていった。  
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