ファジー

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大学生といえば、モラトリアム。 モラトリアムの意味を知っているのかと意味を調べると、経済恐慌における状態と発達心理学で使われる意味が出てくる。要するに猶予期間というものらしい。 いやいや、大学生が猶予期間なものかと吐き捨てたくなるが、大学で出会った知人友人を思い出すと「働きたくない」だとか「資格勉強するのが嫌」だとか言っている。社会人になるまでの猶予期間と表せば正解か。 やたら酒に溺れたり、異性とやたら高速な情愛をSNSで垂れ流している知人もいる。こいつもモラトリアムなのだろうか。社会人になったからといって突然終わるようには思えないが。 とはいえ、考えてみても仕方ない。同じ立場の人間に意見を求めるのが手っ取り早いだろう。 「…七海は、“モラトリアム”についてどう思う?」 居酒屋では思考を巡らす会話は不向きかもしれないが、真面目に意見を交換できた試しもないので「サシ飲み会」で聞いてみることにした。 「えぇ、モラトリアムかぁ。うーん、わたしたち、もうすぐ4年生だけど就活とかしたくないよね。そんな感じ?」 柑橘系のお酒をくるくると混ぜる。七海はビールよりも甘いお酒が好きだった。 「そんな感じ…なのかな。私は就職したくないとか思わないし、養成課程もそこそこにやってるし。モラトリアムって感覚がわからないんだよね」 「みんな深く考えてないでしょ。資格課程をとったのも、就職に役立つだろうからって人も一定数いるし。かといってやりたいことがないから切り替えようと思わないんじゃない。わたしだって出席時数ギリギリなくせに、美穂と酒飲んでるし、さっきまで男と会ってたし」 アルコールでふんわりと崩れている七海は、決して地味で目立たないという容貌ではない。絶対的な美人ではないがわたしの中では可愛いし、人に対しても明るく愉快に振る舞う。 「七海は、モラトリアムっていうか刹那的って気もする」 「そうかもねぇ…っていうか“刹那”って響き可愛い。SNSのハンネにしようかな」 「まぁ、本名より身を表してるかもね」 「辛辣だなぁ」 くしゃっと笑いながら、七海はスマホを取り出した。行動が早い。 「でも、今のファジーも気に入ってるんだ」 「ファジー?」 ファジーってなんだったっけ。聞いたことある言葉だ。私も意味を調べようとスマホのロックを解除する。「fuzzy」は、「ぼやけた」「曖昧な」という意味らしい。 ぼやけて、曖昧な、状態。 モラトリアムの意味を理解できずに、「面倒くさい」と学業を放棄している学生を見るとムカムカと不快になる。不快になるような七海の言動や気持ちも理解できないのにも関わらず、なんとなく会っているしこのような議題を投げかけたりしている。 不明確であることが、アイデンティティとまでは言わないがそれも人間の形態の1つなのだろう。 「ファジー、かっこよくていいでしょ!」 どこからこんな言葉を知ったのだろう。そう思うと刹那的に生きる七海も確かにかっこいかもしれない。 「うん、かっこいいね」 「ほら、刹那に変えたよ!ひらがなの方が可愛いかも…」 ネーミングに真剣な七海。気づけば、七海の飲んでいた柑橘系のお酒がなくなっていた。私もビールを飲み終えたところだし、頼んでしまおうか。 「お酒頼もうか?」 「あ!お願い!」 「何がいい?」 「うーん、さっき話題に出たしファジーネーブルで!!」 思わず頬が緩む。 ファジーネーブルは、ピーチリキュールとオレンジジュースを混ぜた、甘いカクテルだ。
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