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ししおどしの音がやけに滑稽に感じる。
自分にはとてもじゃないけど縁のないような高級料亭で、専務と、そして会長である仁さんと三人で食事をするなんて。
「まさか、仁さんが会長さんだったなんて」
「黙っててごめんね。バレたら前ちゃん、もう相手にしてくれないと思って」
仁さんは苦笑した。
まさか自分が勤めている会社のトップに、愚痴や人生相談をしまくっていたなんて、失礼すぎる。
「申し訳ありません。今まで失礼を」
「とんでもない。前ちゃんが遊びに来てくれるのが、毎日の楽しみなんだ」
「私もです。どんなに支えてもらっていたか……」
____「あの、俺を無視すんのやめてもらえます?」
至極不機嫌そうに頬杖をつく専務に気づいた。
本当に、この人が仁さんのお孫さんだなんて信じられない。
「大体、おかしいと思ったんだ。華やかな美人しか雇わない総務課に、こんな地味女」
はっきり言われて腹が立つけど、それは私も気になっていたことだった。
入社時の研修では、他の部署に行く予定だと聞かされていたから。
「さてはじいさん、細工したな」
「いいじゃないか。落ち葉拾い手伝ってくれた時にピンときたんだ。丁寧で実直な前ちゃんは、総務課でうちの良い潤滑油になってくれるって。結果大正解だっただろ?」
まさか。総務課に配属されたことも、仁さんの根回しだったなんて。
「……まあな。それは否めない」
驚いた。
使えないなんて悪口が、ひとつやふたつ返ってくると思ったのに。
この人は、見た目は酷評するけれど、仕事ぶりはきちんと認めてくれるんだ。
「人当たりの良さと丁寧な仕事は社内外から評判も良い。……だが俺からの評判は最悪だ」
「はあ」
「何度も言うが、俺はお前と結婚しない」
「ええ、私もそのつもりはありません」
再び睨み合う私達に、仁さんがクスッと笑う。
「前ちゃん。進哉はね、不特定多数の女性と交際してる最低男なんだ」
さらりと告げられた問題発言に、専務は飲んでいたお酒を噴き出した。
「じいさん!」
「本当のことだろう。気に入った人を見つけると手当たり次第関係もって、飽きたら即さようなら。なんて嘆かわしい」
この話が本当だったら、……ものすごく引く。
「引くな!……人聞き悪いこと言うなよ。お互い最初から納得して付き合ってんだ。俺が誰か一人に肩入れしないことを知ってて、それでもいいと言う女としか関係はもたない」
「………………」
「引くな!」
信じられない。
そんなことがまかり通るなんて。
「じゃあ及川さんとも?」
思わず口が滑った。
あんなに美しく気品に溢れた人が、不特定多数の中の一人なんて。
「なんで知ってる。……そうだよ。彼女とも割り切った関係だ」
「………………」
「だから引くなって」
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