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腕時計を見やった。まだ九時過ぎだ。
時間帯もあり、高架橋を通る車の走行音が次第に増えてきた。
何が“まずい”のかは不明だが、そう目立って都合の悪いことは起こらないはずだ────。
「まぁ!」
突如として甲高い声が高架下に反響した。
立ち上がった慧と琴音は、反射的にそちらを振り向く。
中年女性と一人の男子高校生が、焦ったような困惑したような表情で立っていた。
「瑠奈! 良かった、無事だったのね……」
女性は安堵したように、座った状態で意識を失っている瑠奈に駆け寄った。
慧たちは思わず顔を見合わせる。
「あの────」
「あ……私、瑠奈の母親で、こっちは兄よ。瑠奈が夜から帰らないから心配してたんです。あぁ、良かった。でも、何で縛られて……? あなたたちは……」
想定外の展開に、普段冷静な慧や琴音ですら戸惑いを覚えてしまった。
起きた出来事をすべて正直に打ち明けるわけにもいかず、この状況をどう乗り切るか思案する。
瑠奈の兄は心配そうな表情で屈み込むと、縛っていたリボンの留め具を外し、拘束を解いた。
琴音たちにはそれを止めることも出来ず、ただ見守るしかない。
兄は瑠奈の手首に傷がないか、触れて念入りに確認していた。
「何なの、これ!?」
唐突に母親が喚いた。
何事かと琴音たちが目を見張ると、母親はおののくように後ずさった。
「意味が分からないわ! 身体が……言葉も、勝手に……」
半ばパニックに陥りながら、母親は瑠奈と兄を置き去りにし、逃げるように駆け出して行った。すぐにその姿が見えなくなる。
急にどうしたと言うのだろう。
意味が分からないのはこちらも同じだ。
琴音が困惑を顕にすると、慧は悟ったように息を飲んだ。
「まさか、お前────」
それを受け、兄はゆっくりと立ち上がり、緩慢とした動きで振り返る。にっこりと微笑んだ。
「僕の可愛いわんちゃんたちを連れ戻しに来た」
瑠奈を介し、冬真は言った。
女性は瑠奈の母親などではなく、適当に捕まえた見知らぬ人を傀儡にしていただけなのだろう。
当然のことながら、彼が兄だというのも嘘だ。
まずい────慧は再び腕時計を確認する。二人の術が解けるまで、まだあと二時間近くある。
傀儡にされた瑠奈が立ち上がった。
琴音たちは身構えたものの、今の彼女は無力なはずだ。
瑠奈からはステッキを奪っており、今それは小春に預けている。彼女は魔法を使えないだろう。
「危ない!」
慧は琴音の腕を引いた。琴音の頬すれすれを石弾が掠める。
予測と反し、瑠奈はステッキを使わずして魔法を繰り出してきた。
彼女は面白がるように笑う。
「あんなものは飾りだよ」
それもそれで、いかにも瑠奈らしい。
自らを魔法少女と称する彼女のことだ。
ステッキを使った方がそれっぽいから、という理由だけでそうしていたのだろう。
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