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不意に視界を何かが横切った。慧だった。
彼は琴音の目の前に飛び出し、抱き締めるようにして庇う。
その背に、石弾が次々に直撃した。勢いよく突き刺さる。
「は……っ」
「望月!」
よろめいた慧を、琴音は慌てて支えた。
その際触れた彼の背はあたたかく濡れていた。
濃紺のブレザーを着ているため見た目では分かりづらいが、相当血が出ているようだ。
苦しげな息を吐き出せば、一緒に血があふれた。
「望月! 大丈夫!?」
瑠奈が気絶したことにより、琴音の石化は徐々に解けていった。
両手で支えるも、あえなく慧は地面に崩れ落ちる。
じわじわとアスファルトが血を吸い込み、色を濃くしていく。
酸素を求め、浅い呼吸を繰り返す。慧の顔が色を失っていく。
最初に背中に走った激痛は、身体の内側を掻き混ぜられるような苦痛に変わった。内臓まで深く損傷してしまったらしい。
「……!」
琴音はしかし冷静さを欠く前に、コツ、と冬真のローファーの音を聞いた。
────何よりも、まずは彼を何とかするべきだ。
「……!?」
冬真は息をのんだ。眼前に突然、琴音が現れたからだ。
しまった、と思う頃には遅かった。
琴音は素早く冬真に右手を翳して触れ、彼を瞬間移動させた。
息を吐く。思い出したように呼吸を再開する。
この場に残ったのは、砕けた石の残骸、静かに眠る大雅、気絶して地面に横たわる瑠奈。そして、同じように水平に伏す瀕死の慧。
空気の凪いだような静寂が、現実感を奪い去る。
琴音は駆け寄って慧を抱き起こした。
「望月……、どうして────」
いつもは落ち着き払っている琴音の声が震えた。指先も震えた。
恐ろしく怖い。慧がどうなってしまうのか想像すると、強い恐怖が這い上がってくる。
「何故、だろうな……。仲間とやらに、感化されたのかも……」
声を発するのもやっとだった。
息も絶え絶えの慧は自嘲気味に笑ったが、同時に満足気でもあった。
身体を襲っていた激痛はいつの間にか消え、息苦しさも感じなくなっていた。あとは、ただ眠るだけだ。
琴音の目に涙が滲んだ。眉間に力が込もる。
「こんな選択、あなたらしくもない……! 勝手に私を守って、勝手に死ぬなんて許さないわよ!」
ぽろ、と右目からこぼれた雫が、色のない慧の頬に落ちる。
あふれ出る血は止まらない。慧の呼吸が鈍く遅くなっていく。
琴音は堪らず唇を噛み締めた。
「そうだな……」
慧は目を閉じ、弱々しく息を吸う。
「……“馬鹿な真似”をしたが、後悔はしてない。仲間というのものも……悪くなかった」
掠れた声で告げる。
以前、中庭で交わした会話を思い出す。
その頃の自分なら、他人のために己の命を投げ出すような真似は決してしなかったはずだ。
それは愚の骨頂であると信じて疑わなかった。
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