第1話 11月4日

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 校門を潜ったとき、小春はやっと蓮の腕を振りほどくことが出来た。  困惑したまま蓮の顔を見上げれば、蓮もかなり冷静さを欠いていることが見て取れる。 「……ごめんな、腕痛かったか?」 「ううん……」  いったい、急にどうしたというのだろう。  焦っているような、恐れているような、とにかく蓮の様子は尋常ではない。 「どうしたの? あの石像に何かあったの?」 「……いや、別に」  蓮は険しい表情で顔を背け、校舎の方を振り返った。  蓮の態度は良くも悪くも分かりやすい。  休部の理由を尋ねたときと同じような、これ以上聞かないで欲しい、という“拒絶”が滲み出ている。  何故なのだろう。  何故、大事なことは何も話してくれないのだろう。  それで納得することなど無理に決まっているが、蓮は頑として沈黙を貫く気でいる。  小春の心の内に蔓延るもやもやが濃くなる。 「……悪ぃな、そのうち話すから。早く帰ろうぜ」  どれほど怪訝で不服であろうと、今はその言葉を信じる以外に選択肢はなかった。  蓮は何を抱えているのだろう。  小春には到底推し量れない。だから、頷いた。 「分かった」  ────色々と気にかかることすべてに蓋をして、互いに“いつも通り”に立ち戻った。  他愛もない話をしながら歩いていると、家までの道のりはあっという間だった。  “水無瀬(みなせ)”とローマ字表記の表札が掲げられた洋風の門前で小春は立ち止まる。 「じゃあ、また明日ね」 「ああ、寝坊すんなよ。迎えに行くから」 「はいはい……。良いのに、わざわざ送り迎えなんて」 「別にわざわざじゃねぇよ。俺の家そこだぞ、通り道だからついでなだけだ」  蓮は親指で彼自身の家を指し示した。 「そういうことじゃなくて────」  小春はすぐ喉元までせり上がってきた言葉を押し戻した。  知りたいのは、何故突然こうもになったのかということである。  送り迎えなど、中学時代から振り返ってみてもここ一か月が初めてだ。  付き合ってもいないのに、毎日一緒に登下校するなど、理由くらい聞きたいと思って当然だろう。  しかし、それも恐らく今は教えてくれない。小春は続きを口にするのをやめた。 「早く家の中入れ。あと夜は一人で出歩くなよ」 「……もう、何なの? お母さんよりお母さんみたい」  小春は苦笑しつつ、蓮に言われるがまま門の内側へ入ると、蓮に手を振り、玄関のドアを開けた。
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