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靴下の穴
鞄を机に下ろした後、私は小走りでロッカーに向かった。裁縫箱を取るために。
自分の席に戻って上履きを脱ぐ。靴下から親指が顔を出している。
本当は家で靴下を履いた時に穴が空いてることに気づいたのだけど、履き替えていたら電車に間に合わなくなりそうで、そのまま登校してきたのだった。
裸足の足を椅子の上に立てて、脱いだ靴下を机の上に置く。
タイムリミットは10分。
大丈夫。十分間に合う。
「相変わらず大胆だな」
朝のホームルームまでに終わらせようと、手早く針に糸を通しているところに、前の席の遠藤が登校してきて言った。
「清水に怒られるぞ」
「何でよ」
どこで靴下を繕おうが私の勝手だ。
邪魔するなオーラを出してるつもりなのに、遠藤は私の机の上に片肘をついてきた。
「ちょっと、あんま見ないで」
脱いだ靴下を見られるのは、何となく恥ずかしい。
「どうやって縫うの、それ」
穴の塞ぎ方に興味があるようだ。
「普通に、糸を何回か通してキュッてするだけだけど」
「キュッ?」
ピンときていない顔で首を傾げる遠藤が何だかおかしくて、思わず笑った。
「ほら、まずここを並縫いするでしょ」
言いながら、針先で穴の周りをチクチクとすくって、糸を通した。靴下の向きを変えてさらに縫い進める。四角く縫ったつもりが、いびつになってしまった。
「そんな適当でいいのか?」
遠藤に突っこまれた。
「ほっといて」
「うわっ」
集中しているところに遠藤が急に声をあげたから、危うく針を指に刺すところだった。
顔を上げると、健吾が遠藤の顎を押さえつけていた。
「な。言っただろ、清水に怒られるって」
押さえつけられた状態で、遠藤が目だけをこちらに向けてモゴモゴと言う。
遠藤が怒られるという意味だったのか。
「何してんの?」
健吾を見上げて尋ねる。
いくら友達でも、顎を押さえつけるなんて、朝イチでする挨拶ではない。
「それはこっちのセリフだ。その足下ろせ」
私の立てた膝を顎で指して、健吾が命令してくる。
「やだよ。足の裏汚れるじゃん」
「上履きの上に乗せりゃいいだろ」
「上履きはゴツゴツしてるもん」
「馬鹿か。そんくらい我慢しろ」
私が従わないのを見て、健吾が顔をぐいっと寄せてきた。
……いきなり近いんですけど。
「見えんだよ、スカートん中」
耳元でそう囁かれて、慌てて足を下ろした。
「あーあ、残念」
ニヤニヤと軽口を叩く遠藤の肩に、健吾が拳を押しつけている。
「いてて、ボクサーって一般人殴っちゃダメなんじゃねーの?」
「プロじゃねえし、これは殴ってるとは言わねえ」
「はいはい。俺が悪かったよ。言っとくけど、中は見てねえからな」
「当たり前だ、アホ」
健吾はやっと遠藤から手を離した。
私のスカートの中が見えないように、遠藤の顎を押さえつけてくれていたのらしい。
健吾って意外と紳士だ。
少しだけ健吾のことを見直しながら手元の作業を再開していると、隣に座った健吾が、私の机の下に足を突っこんできた。
スルーしようと思ったけど、上履きの上に載せた足をつつかれては、反応するしかない。
「何のつもり?やめて」
「ゴツゴツして嫌なんだろ?特別に俺の足踏ましてやるよ」
見ると、健吾も上履きを脱いで靴下になっている。
「余計なお世話」
「遠慮すんなよ。俺はお前の犬だからな」
要らない、と言うには惜しい提案だ。
上履きのマジックテープの感触が、ゴツゴツして気持ち悪いのは事実だし。
「どうせ、ご褒美くれとか言うんでしょ」
「言わねえよ。特別だっつってんだろ」
それなら……。
「フハッ、本当に乗せんのかよ」
遠藤に笑われた。
「うるさい、やっぱーー」
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