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「朝から楽しそうだね」
反対側から声がして、足を戻すタイミングを失った。
「おはよ」
石川さんだった。ニコニコと私に手を振ってくる。
あ、遠藤と付き合ってるって言ってた。
やば、遠藤と楽しそうにしてると思われただろうか。
「お、おはよう……」
恐る恐る挨拶を返す。
そうだ、遠藤はどんな顔をしてるだろう。いつもからかわれてるんだから、少しくらい仕返ししたってバチは当たらないはずだ。
そう思って遠藤の方を見ると、動じている様子はなかった。
……つまんない奴。
「珍しい組み合わせだな」
私たちを見て、健吾が意外そうに言う。
どうせ、私は石川さんみたいにオシャレでも可愛くもない。
「こないだ仲良くなったんだもんねー?」
石川さんに同意を求められて、おずおずと頷いた。石川さんに言われると、何だか恐れ多い感じがしてしまう。
「あ、そーだ、聞いたよー、健吾くん。澄麗ちゃんと付き合ってないんでしょー?そんなカレシ面してたらダメだよー」
私と健吾の後ろに回りこんできて、石川さんが健吾の腕を人差し指でつついて非難する。
健吾に絡まないで、遠藤の方に行けばいいのに。
「てか、硬ぁ。ますます凄くなってる」
びっくりしたように、健吾の二の腕の硬さを確かめている。
健吾と石川さんの組み合わせこそ珍しいと思うけど、もしかすると去年同じクラスだったのかもしれない。
「胸も硬いよ。触る?」
健吾がニヤニヤと返す。
「えー、変態みたいなこと言ってるー」
みたいな、じゃなくて変態だ。
そう突っこもうとしたけど、なぜか喉の奥で引っかかって、声にならない。
「ホントだ、硬ーい」
健吾の胸に触れて、石川さんが楽しそうに笑った。
「縫わねえの?」
不意に遠藤が話しかけてきた。
「え?」
「いや、靴下。のんびりしてたらホームルーム始まるぜ」
「あ」
穴の周りを四角く一周縫ったところで止まっていた。
というか、遠藤は何でこんなに平然としているのだ。彼女が他の男の胸を触っているというのに。
遠藤にモヤモヤしながら、靴下に針を入れる。
並縫いした四角の中を、縦に糸を渡していく。ただでさえいびつなのに、糸がはみ出しまくりだ。
「河村って、もしかして不器用?」
「いいの。どうせ穴塞ぐだけなんだから」
ああ、何かイライラする。
「ここ触っててみ」
「やだー、ピクピクしてるー」
そんなやり取りが頭上で聞こえる。
こんなにイライラするのはきっと、うまく縫えないからだ。それと、遠藤がもどかしいからだ。
「いてえよ」
健吾の声に、思わずそっちを見た。
痛くなるまで触らせるとか、何考えてーー。
驚いたことに、健吾は私のことを見ていた。目が笑っている。
「いてえって」
健吾が重ねて言った。私に言ってるみたいだ。
「……え?」
「足。力入れすぎ」
机の下を指差してくる。
「あ」
無意識のうちに、健吾の足を力一杯踏みつけていた。
「えー、何してんの?怪しー」
石川さんに冷やかされて、慌てて足をどけた。
「違う、これはーー」
「彼氏がそんなベタベタ触られてたら、力も入るよなぁ」
遠藤までからかってくる。
でも、目が笑っていなかった。
そうか、と思った。石川さんは、遠藤にやきもちを妬かせたくて健吾にベタベタ触っていたのかもしれない。
「だって、付き合ってないんでしょー?私、健吾くんの彼女に立候補しちゃおうかなー、なんて」
石川さんがそんなことを言うから慌てた。
「ダメ」
それは、やりすぎだ。
いくら遠藤のことを試しているのだとしても。
「えー、何でダメなのー?」
石川さんが楽しそうに訊いてくる。
やっぱり本気じゃなかったのだ。そうホッとして遠藤の方を見たら、石川さんと同じ顔をしていた。
「そうだよなー。付き合ってないのに、ダメってことはないよなー」
さすがカップル。息ぴったりだ。
って、感心してる場合じゃなくて。
「そうじゃなくて、これは、その……」
石川さんと遠藤が付き合ってることをここで暴露するわけにはいかないし……。
説明に窮して健吾を見ると、新しいおもちゃを見つけたみたいな顔をしていた。
「ダメなら、俺に首輪付けとかねえと」
最悪。
元はといえば遠藤が悪いのだ。石川さんを不安にさせたりするから。
裸足の足で、思いっきり遠藤の足を蹴ってやった。
「いてっ。俺か?」
俺だよ、と思った。
「足癖の悪い奴だな」
人の気も知らないで、健吾が罵ってくる。
「笑ったら可愛いんだけどな」
と、遠藤。
「えー、澄麗ちゃんは普通にしてても可愛いでしょ」
と、石川さん。
だから、ここでバチバチしないでほしい。
「俺の前じゃ笑ってくんねえからな」
健吾が二人の会話に割って入って、とんちんかんなことを呟く。
まったく、呑気なものだ。
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