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土曜日の昼下がり。
お母さんは12時をだいぶ過ぎてから起きてきた。
休日はいつもこんな感じだ。平日は帰りが深夜になる分、休日に睡眠を稼いでいる。
「チャーハンを作ろうとしていたところなんですけど、食べますか?」
義信さんがそう声をかける。
お母さんの歴代の彼氏と比べて、義信さんはだいぶ他人行儀だ。やっぱり、お母さんと付き合っているわけではないのだろう。
「んーん、チャーハンの気分じゃない」
眠そうな声でお母さんが返す。
お母さんのわがままは、今に始まった事ではない。
「そうだ、駅前に新しくできたカフェ。あそこにパスタ食べにいかない?」
私に向かって思いついたように言ってきた。
せっかく義信さんがチャーハンを作る準備をしているというのに。
「いいですね。行っておいで」
義信さんが私に微笑みかけてくる。
普通、ちょっとムッとするところだと思うけど。
あ、もしかして陽介と二人になろうという魂胆か。
「陽介も行く?」
まるで私の思考を読んだみたいに、お母さんがソファーに座っている陽介を誘った。
「行かない」
秒で断られている。
だったら私もーー。
お母さんの誘いを断ろうとしたら、陽介と目が合った。
「姉ちゃんは行ってきなよ。俺、明里のところに行ってくる」
「え、でも、陽介は昼ごはんどうするの?」
私の問いに答えずに、陽介は立ち上がって、そのまま家を出ていってしまった。
「反抗期ねえ」
お母さんが、窓から陽介を見送りながら、能天気に言った。
「高校楽しい?」
向かいの席でパスタをフォークに絡ませながら、お母さんは私にそう尋ねた。
お母さんはいつも同じことを訊いてくる。
「楽しいよ」
正直、ネタ切れだ。
そうそう楽しいエピソードなんてない。
特に、健吾に絡まれるようになってからは。
「そういえば、健吾くんと同じクラスになったんでしょ?」
アイスティーが変なところに入ってむせた。
お母さん口から奴の名前が出てくるとは思わなかった。
「な、何で知ってるの?」
「だって、望月先生から電話かかってきたのよ」
望月先生というのは、数学の先生であり、私の学年の主任教師だ。去年は私のクラスの担任の先生でもあった。
「健吾くんが澄麗と同じクラスにしてくれって言ってるんだけど、問題ないかって」
……何それ。
そんな話、聞いてない。
「そんなこといちいち確認しなくてもって思ったけど、考えてみたら一方的に付きまとってる可能性もあるものね。健吾くんに限ってそんなことないと思ったから、澄麗に聞くまでもなくオーケーしといたけど」
お母さんは流れるようにそう言った。
何で健吾に対してそんなに信用が厚いのだ。
「お母さん、健吾に会ったことあったっけ?」
私が覚えている限りでは、お母さんがいる時に健吾がうちに来たことはないはずだ。
「会ったことはないけど、智から話は聞いてたわよ」
智さんの名前を口にした時、お母さんは苦いものを口にしたみたいな顔をした。
「顔も知らないのに簡単にオーケーしないでよ」
智さんのことは軽く流して、そう抗議する。
「あら、いいじゃない。さすが私の娘だわ。男の子をそこまで夢中にさせるなんて」
「そんなんじゃないから」
私はお母さんと違う。
お母さんは、智さんと別れるまで、彼氏を切らしたことがなかった。
恋愛体質なのだろう。智さんと別れた時、お母さんは目も当てられないくらい憔悴した。
それを見て私は、お母さんのようにはなるまいと思った。
「義信さんとはどういう関係なの?」
話を変えた。
これ以上健吾の話をしたって、不毛なだけだ。
「義信?何で?」
「だって、彼氏って感じじゃないじゃん」
「やだ」
お母さんは笑った。
「いくら私でも、あんな若い子と付き合ったりしないわよ」
「うん。だから、あの人は何なのって訊いてるの」
「拾ったのよ。何だか放っとけなくて」
何だそれ。
「拾ったって、どこで?何してる人なの?」
義信さんが来て1ヶ月以上経つのに、私は義信さんのことをまだ何も知らない。
「本人に直接訊きなさいよ。そのくらいの会話力がなかったら社会で生きてけないわよ」
はぐらかされた。
お母さんは、答えたくないことは絶対に答えない。昔からそうだ。
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