爪切り

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 健吾の家は、駅を越えて数分ほど歩いたところにある。  健吾の家に行くのは、2年前に泊めてもらった時以来だ。震える私の手を繋ぐ、健吾のひんやりとした手が心地よかったのを、朧げに覚えている。 「あら、澄麗ちゃん」  健吾のお母さんがキッチンで出迎えて言った。 「もう健吾と仲良くしてくれてないのかと思ってたわ」  心なしか、言葉に棘がある気がする。  相変わらず私に対する心証があまり良くないようだ。 「母ちゃん、いいから」  リビングに鞄を置いてきた健吾が、ぶっきらぼうにいなして、冷蔵庫からお茶の入ったポットを取り出している。 「あの、陽介がいつも図々しくお世話になってすみません」  最近は夕飯まで食べて帰ってくるようになった。 「いいのよ。陽介くんは、うちの方が居心地がいいみたいだから」  なぜか、陽介のことは昔から気に入ってくれているのだ。明里ちゃんと付き合いはじめた時も、早すぎるのではと心配したのは私だけで、健吾のお母さんはすぐに受け入れた。 「それで、今日は?おうちでまた何かあったの?」 「母ちゃん」  健吾は、少し不機嫌な声を出して、私の肩を押しのけた。 「もう挨拶済んだだろ。明里にも会ってくか?」  私に向かってそう言って、コップのお茶を飲み干した。   「お姉ちゃん!」  明里ちゃんの部屋に行くと、陽介と勉強していた明里ちゃんが弾んだ声をあげた。  家族ごっこを続行しているのは健吾だけではない。明里ちゃんも、私のことをずっと『お姉ちゃん』と呼んでくる。  ただし、明里ちゃんにそう呼ばれるのは全然嫌ではない。むしろ嬉しい。明里ちゃんみたいな可愛い妹は大歓迎だ。 「何の用?」  陽介がオレンジジュースの入ったコップを手に訊いてくる。  我が家のようにくつろいでいて、確かにうちにいる時よりも居心地が良さそうだ。 「あー、ちょっとおばちゃんに挨拶を……」  健吾を送り返しにきた、と正直に言うのは妹の明里ちゃんの手前憚られて、適当に誤魔化した。 「姉ちゃんがそんなことする必要ないよ」 「そうはいかないでしょ。あんた夕飯まで食べさせてもらって」 「あ、今日も食べて帰るから」  陽介が当たり前のように言うのを、 「今日はもう姉ちゃんと一緒に帰れ」 と、健吾が一蹴した。 「えー、おばちゃん唐揚げ作ってくれるって言ってたのに」  陽介が文句を言う。  そんな駄々っ子みたいな顔、うちでは見せないのに。 「悪いな。唐揚げは俺が食うわ。義信さんの飯も割と美味いだろ」  健吾がそう言い聞かせている。  陽介がここで夕飯を食べる日は、代わりに健吾が私の家で食べる。そんな取り決めが、私の知らないところで交わされているようだ。 「やだ、まだ一緒にいたい」  素直に片付け始めた陽介の服の裾をつかんで、明里ちゃんが可愛く駄々をこねる。 「ごめんな。帰ったら電話するよ」  陽介が立ち上がり際に、明里ちゃんの頬にキスをした。  姉の前でよくやる。中学生のくせに。 「やめろ、俺の前で」  健吾が陽介の足を軽く蹴る。  シスコンは健在なようだ。 「うっざ」  対する明里ちゃんは塩対応だ。 「そんなぁ。明里ぃ」 「近寄らないで」  健吾が妹の頬にキスしようとして、思いっきり蹴られている。  まったく、見てられない。
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