しゃっくり

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「ご褒美は決まったか?」  体操着に着替えるために隣の教室に向かう私を追いかけて、健吾が訊いてくる。 「うるさい。付いてこないで」 「トイレ行くんだよ。お前の着替えなんか覗くか」 「そこまで言ってないし」 「何だよ。飼い主様が着替えんの手伝ってやろうか?」  体操着の入った巾着袋をぶつけようとしたけど、ひらりとかわされてしまった。  ムカつく。 「ほんとに仲良いよね」  教室に入ると、石川美緒(みお)に話しかけられた。  ちゃんと話すのは初めてのはずだ。去年も別のクラスだった。今年から、2クラス合同で行われる体育の授業で一緒になって、先週やっと顔と名前が一致した。  おしゃれで可愛い女の子。その第一印象は、今日に至るまで変わらない。  つまり、私とは縁のない人間だ。 「付き合ってるの公言してるのって、いいよね。羨ましい」  話しかけられたことにびっくりして、否定が遅れた。 「付き合ってないし、仲良くもないよ。あいつが変な悪ノリしてるだけで」 「そうなんだ」 「え?」  信じてもらえたのが意外すぎて、思わず聞き返してしまった。 「あはは、何でびっくりしてるの?」 「いや、信じてもらえると思わなくて……」 「何でよ。本人が言ってるんだからそうなんでしょ」  そう言って、石川さんはケラケラと笑った。  なんて良い子なんだ。可愛いだけの子かと思っていた自分を殴りたい。 「でもさ、」  逆接の言葉を口にした石川さんは、私の横でのんびりとシャツのボタンを外している。 「清水くんって、結構イケてるよね。いい感じに筋肉ついてるし、顔もシュッとしてるし」  耳を疑った。 「え、石川さん、あんなのが好きなの?」  あんな幼稚な男、絶対やめた方がいい。 「やだ。私、彼氏いるし」 「ああ、なんだ。良かった」  心底安心して、ため息をつく。 「えー、その反応、やっぱ健吾くんのこと好きなのぉ?」 「違うよ。健吾なんか石川さんと釣り合わないと思って」  弁解しながら、先ほどの石川さんの『付き合ってるの公言してて羨ましい』発言を思い出した。 「石川さんは、付き合ってるのみんなに知られたいの?」  周りから冷やかされたりして、面倒くさいだけだと思うけど。 「うん。だって、内緒にする必要なくない?」  逆に問い返されてしまった。 「そう……かな」  本当に付き合ってたら、気にならないものなのだろうか。 「うちの彼氏、学校で話すのもすごい嫌がるんだよ」  石川さんがスカートを脱ぐと、ブラジャーとお揃いのラグジュアリーな下着が現れた。  私のとはえらい違いだ。恥ずかしい。 「何をそんなに警戒してんのって、意味不明だし」  下着姿でぶつぶつと文句を言っている。 「同じ高校なんだ?」  目のやり場に困りながらそう確認した。  私は人よりも着替えるのが早いみたいで、とっくに着替え終わっている。 「うん。澄麗ちゃんと同じクラスだよ」  あ、名前呼びだ。  石川さんって呼んじゃったけど、私も名前で呼んだ方がいいだろうか。  ……じゃなくて。 「えー、そうなの?誰誰?」  訊いてほしそうな気がして尋ねたら、 「遠藤明。知ってる?」 と、石川さんはあっさりと答えた。  知ってるも何も、私の前の席の男だ。健吾との仲をしょっちゅうからかってくる奴だ。  まあでも、健吾よりはよっぽどマシか。 「幼馴染でさ」  ジャージのスラックスに足を通しながら、石川さんが続ける。 「だから照れてるだけなのかもしんないけど、それにしてもって感じ。本気じゃないのかなとか、時々思っちゃって。なんか悲しくなっちゃって」  結構悩んでいるようだ。  何も知らない私が、そんなことないよと否定したところで、何の気休めにもならない。  遠藤め。こんな可愛い彼女を悲しませやがって。 「なんて。あはは。そんな同情した顔しないで。一回ちゃんと痛い目に遭わせてやるんだから」 「……え?」  急に怖いことを言い出すから、ギョッとした。  何をする気だろうか。 「これから仲良くしよ。よろしくね、澄麗ちゃん」  動揺する私をよそに、石川さんはにっこりと笑って、その話題を終わらせた。
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