春花抄

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「...おに...ぎり...?何をどうやったらそうなるんだ...」 「おもちだー」  方代はじっとその餅を見た後、一口頬張る。 「...案の定、具も入ってねぇ...本当にただの餅じゃねぇか」  もっちもっちと大きく顎を動かす。その後も何度か「うーん」と言いながらおにぎり(餅)を食べ終えた。 「...顎が疲れた」  方代は頬の少し下を手で撫でる。 「そういえば方代殿、そこ、髪の毛が白くなってますね」  海雲が方代の白くなった部分を指差す。 「ああ、なんだか最近白くなってきやがったんだ。まぁ、人間じゃなくなってきたって事かね」  方代は特に自身の変化に興味もないのか、適当にそう言うと膝に手を置いて立ち上がる。 「おや、方代殿、もうよろしいんですか?」 「ああ、もうあれ一つで満腹になっちまった。挨拶がてら少し散歩してくるよ」  方代はそう言って上着を羽織り、外へ出た。 「お気をつけて」  海雲が背中に向けて言葉を放つと、方代は振り向かず手を上げて、ひらひらと振った。すぐに森の中に入っていく。獣道ではあるが、海まで続く道を進む。花や雑草でさえ青々と生気に溢れる森。一本一本が何百年と生きた木であろう。そんな木も枝の先からは青い葉をつける。  少し歩くと一度立ち止まり、低い木の枝の先に着いた花を眺めながら「久々に来たが、ここは相変わらずまったりしてていいな」と呟いて欠伸をし、再び歩き始める。耳には木々が揺れる音、葉がお互いに擦れる音が連なって聞こえた。時折草葉の陰からけたたましい声で鳴きながら飛んで行く鳥もまた、春の賑やかさを感じさせる。時折風が吹くと大きく木が揺れ、陽がキラキラと差し込む。サァーっと森全体の音がする。風と共にやってきた黒いアゲハ蝶が目の前をひらひらと通り過ぎていくのを見送った。  分かれ道に差し掛かると、Y字になっている道と道の間に大きな老木が立っていた。春だというのにその身自体には一つの緑もない。全体的に白みがかっており、その大半を苔に覆われていた。方代はその木の前に立ち、根から枝の先まで見上げ(こいつは、何百年生きたんだろうか)と少し考えたが、答えを貰える訳でもないため、不毛だと感じ、少し笑って「悪いが、ちょっと休憩させてもらうよ、まぁ、長く生きてる同士仲良くやろうぜ」と言って木にもたれかかる。上着のポケットをまさぐり、煙草と安っぽいライターを出して一本吸い始めた。
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