春花抄

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 口から煙を吐くと少し目の前に漂うが、吹いた風に散らされる。 「よぉ、澄月の爺さん。久しぶりだな」  方代が声をかけると、いつの間にか隣にぬらりひょんの澄月が老木の大きな根に腰かけていた。 「なに、この前会ったばかりだろうて」  そう言って澄月は自身の長い頭を何度か摩った。 「はは、何年前の話だよ。ま、どうだい、一本」  方代は再び煙草の箱をポケットから出し、箱を指の先でトントンと叩く。中から一本煙草を澄月へ差し出した。澄月は何も言わず、枯れ木のような指でそれを受け取り咥えると、安っぽいカチッという音がして煙草に火が付く。二人同時に煙を吐いた。 「そういやぁ、ワダツミのヤツ、随分丸くなったんじゃねぇか」 「それは確かにその通りだな、ワシらは話してもらうのすら苦労したわい」 「アンタらがガサツだからじゃねぇの」 「はっ、それは否定せんがな」 「...あいつの所に行ったら偶然とはいえ人の子がいるんだ、驚いたぜ」 「そうだな、ここは常世、黄泉に近い場所だ。...本来人間が来る場所では無い...海雲の言っていた事もあながち間違ってはおるまい」 「...ああ、昨日聞いたよ」  方代はどこか遠くを見ながら「もしかしたら、あの子も...もう手遅れなのかもな」そう言って煙を吐いた。澄月はそんな方代をみて「そう言うな、六文銭を持っているという事は、まだ三途の川を渡っていないのかもしれん」と言って煙草を吸う。チリチリと煙草の火が強くなり灰が落ちる。 「...ああ、悪いな、近頃どうも...俺もどうなっちまうのかって思ってさ。最近はもう腹も空かなくなってきたし、何より痛みを感じなくなってきやがった。いよいよ人間じゃあなくなってきたみたいでよ」自分の頭にげんこつを何度か当てて、煙を吐きながら俯いた。 「お前さんの心が変わらない限り、人間でいられるさ...」  そんな言葉に顔を上げて振り向く。澄月は煙草をもう一度口に咥え「...なんでお前さんの機嫌を取らないといかんのだ」と言って再び寂しい頭を摩る。 「はは、俺より遥かに長く生きてるあんたに言ってもらえると、なんだか安心するよ」 「ドイツもコイツも、手間がかかるわ」 「あんた、存外世話焼きだよな」  もう一度振り返ると、そこには煙が漂っているだけだった。方代はまた「ははっ」と笑って煙草を消した。
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