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暁の陽を背に眠りにつく。すぐにくぐもった水の音がする。雨も降ってはいるが、水の中の様だ。
(私はこのまま死んでゆくのだろうか)
『またこの夢か』
ワダツミは心の中で溜息をついた。この夢はただ自分が濁流にのまれ、方向がつかなくなり、ただ無力に流される。それだけの夢。何度も繰り返し見る夢だ。今更恐怖や不安は無い。流れに身を委ねるだけ。夢では彼女は無力で、唸る土気色の水は凍るように冷たい。
視界が仄暗い闇にゆっくりと覆われていく最中、端の方で何かが光ったような気がした。
(太陽か?)
激しい流れの中では全く思うように動く事はできなかったが、目紛しく移り変わる同じような赤茶色の視界の中、柔らかく煌めくその光は、遠くにあってもぼんやりと暖かく、彼女を照らす。何故と問われれば答えようもないが、光へ手を伸ばした。すると光は蛇の様に蛇行しながらゆっくりとこちらへ近付いてくる。まるで大きな川の主の様に悠然と揺れる光であったが、自分の元へ届く前に本当の闇がやってきた。
意識を失ってどれくらい時間が経っただろうか、気が付けば、何処かに横たわっている様だ。先程までの冷たさや、粗暴な流れが嘘の様だ。徐々に身体へ戻る感覚が、あの光がまだ近くにいる事を知らせる。瞼の裏が薄っすらと赤みを帯びてきた。焦る事なく、急かす事なくゆっくりと瞼を開いた。その光は、恐れや苦しみを取り除く、今春の陽気の様だった。ワダツミはその光に【残照の欠片】と名付けた。彼女だけが知っている光の名である。
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