春花抄

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 夢の中の景色とは打って変わって、意識は渾沌に満ちていた。あの日を体験する自分と、夢を見ている自分、二つの心が入り混じっている。 (あの光は何なんだろう) 『この光...何かに似ている気がする』  目の前にある優しい光に手を伸ばす。  周りの景色が徐々に形を保てずにあやふやになっていく。現実の自分の体の感覚が帰ってくる。ペタペタとこちらへ誰かが歩いてくるのが分かる。 『嗚呼、夢が覚める...』  そう分かってはいるものの、彼女は光に向かって手を伸ばし続ける。 『もう少し...今、指先に...』 「ワダツびっゅ...」  目を覚ますとそこにはアキラがこちらを覗き込んでおり、丁度ワダツミの伸ばした手が彼の頬を左右から挟み込み、声を遮った。蛸のように口を尖らせて「ごはんらよ」と目だけでにっこりと笑った。彼女の指からするりと抜け、裸足でペタペタと駆けていく。先ほどまで胸の中でぐちゃぐちゃになっていた想いやらなにやらが一瞬で消え失せてしまった。  あの光が何だったのかは知る由もない。答えが欲しい訳でもない。ワダツミに刻まれた残夢であった。
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