実家へ

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実家へ

 超国際会議のことをすっかり忘れていた私は、病室のベッドで安らかに眠るお母さんの隣で、静かな夜を過ごしていた。電気を点けることも忘れ、窓から射し込む月の明かりだけで室内は十分に見渡せた。  幼少期の想い出が、止めどなく蘇る。あっと言う間に時間が過ぎていった。窓の輪郭に沿って、長方形に床を照らしていた青白く柔らかな月明かりが、今は壁を照らしていることに気付いた。  光の輪郭はユラユラと陽炎(かげろう)のように揺れている。幻想的な投影は、別の世界へ繋がる入り口のようにも見えた。月が傾き、夜がもうすぐ終わるのだと思った。ふと、霊道解禁のことを思い出した。   「そういえば、どうなったんだろう。可決されたのなら、二時から始まっているはずだっけ」 「私、当選していたけど……どうして? お母さんが亡くなったのは数時間前なのに。ずっと前に当選してた。まさか! 幽世(かくりよ)側は、こうなることが分かっていたとか」  私は、すっかり眠っている子供たちを担ぎ、病室を飛び出した。車を走らせ、実家へ向かった。帰ってくるとしたら、そこ以外考えられなかった。  久しぶりに帰ってきた実家は、もう何年も空き家になっている。戸建ての平屋は、まるで氷漬けにされたように建物全体に薄っすらと霜が降りている。静寂な淡い月光に照らされ、チラチラと瞬いていた。玄関へと急ぐ。上がり(かまち)へ子供たちを下ろすと、長女が目を覚ました。 「ママ、ここどこ?」 「結衣(ゆい)ちゃん、ごめんね、起きちゃったね。ここはママが子供の頃に住んでいたおうちよ」  冬の寒さに溶け込むようなシンとした部屋に、人のいる気配はない。やはりここにはいないのかと消沈し、台所へと向かった。視界に飛び込んだ光景が、一瞬、私の心臓を強く掴んだ。  人が倒れている。いや、お母さんが床に倒れている。同じだ。あの時へ、タイムスリップしたみたいに。
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