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因縁の相手
「寝かせときゃ、いいっすよ」
この部屋に来てもカップの整理をしている、喫茶店の店主らしい若い男……確か。
「ユリサワ、さん、は、ナカガワラさんと知り合いなんですか?」
「ユリカワっす。ワラさんとは……知り合いっつうか、上司すね。この店も、ワラさんのものですし」
「ふーん」
ナカガワラさんは、やはりクスノキさんの言うように大物なのだろう。
だけれど。
鼻血を出して倒れた彼を見ても、やはりそんな風には見えない。
「……おれ、ワラさんのこと、結構知ってるっすよ。これから何かするなら、おれも仲間に入れてくださいよ」
ユリカワさんは、小さくウインクして見せた。すっと走り書きのメモを向けられる。
チラチラとナカガワラさんを気にしている辺り、やはり大物なのだと納得する。
「使えますよ、おれ」
数秒、考えた。
得体の知れない人だ、裏の。
でも、クスノキさんが相手をしている奴が手強いことは確かなので、メモを手にした。
味方は多い方がいい。たとえ知らない人でも。
彼の手下である以上、無能であるはずがない。
そのとき。
ふっと長い睫があげられる。
くっきりとした二重瞼がパチパチと数回瞬かれた。
「……」
ナカガワラさんは周囲を見渡し、わたしを視界に入れると目を見開く。
同時に、ユリカワさんに威嚇した。
「……何してんだ?」
寝起きが悪いのか、低く唸るように睨んだ。
「ちがっ、おれは、ちゃんと仕事してたっす!」
言いながら、視線から逃れるように部屋の出入口へ移動する……過程で、わたしの背後を通った。
ナカガワラの追っていた視線が、わたしで制止する。
「……み、みのりちゃん」
変な顔をした。
何か幸福感のような。空腹のときに好物を見つけたような、そんな顔。そんな顔をする理由がよくわからなかった。
「あの、大丈夫ですか?」
「ぐっ!!!!」
禁断症状がまた出たのか、胸を押さえて苦しんでいるように見えた。
本当にこんな人を頼ってクスノキさんを助けられるのか不安になる。
「……それで、依頼の件なんですが」
「ああ、引き受ける話だったよね!」
急ににっこりと笑顔を浮かべると、茶封筒を開け始めた。こわい。
何冊かの書類をパラパラと眺めると、やがて真顔になる。
「なるほどね、やっぱりアイツ絡みだ」
「あ、アイツって誰ですか? クスノキさんは、誰と闘っているんですか? ちゃんと、助けられますよね?」
不安や緊張から問い詰めるような形になってしまったが、ナカガワラさんはゆっくりと微笑む。
「大丈夫。クスノキはこんなことで死ぬような男じゃないよ。それに……もし、みのりちゃんが知りたいのなら、現状維持含めて教えるけど」
どうする? そう問うように首をかしげた。
「もちろん、知りたいです、クスノキさんのこと! 教えてください!」
頭をさげた。
知りたい、わたしはいつも何も知らないまま。そんなのは嫌だった。でも。
「でも、その前に……急がなくても平気なんですか?」
「平気だよ。むしろ今は、まだその時じゃないみたいだ」
ナカガワラさんは、封筒を軽く叩いた。
そして、少し考えた素振りをしたあと、わたしに向き合った。
「俺は君の期待に全て応えたい。だから、単刀直入に言ってしまうけど、クスノキが相手をしているのは夢川って殺人者だ」
「……夢川って」
「ああ。世間を騒がせている脱獄者、連続殺人鬼って呼ばれてる犯人さ」
「それなら、知っています。歴史上最悪な事件だと」
すると、ナカガワラさんは軽く頷いたあと「そこまでなら話は簡単なんだけど」と続けた。
「ここからが本題なんだ……クスノキは、この夢川はもちろんのこと、こいつの上司。プロにも喧嘩を売ったみたいだよ」
笑っちゃうよね、とおかしそうに口角を上げた。
一方、わたしの表情からは血の気が引く。
どこが笑えるのかわからない……これが、とんでもなく大変な事態なのは、素人のわたしにも理解できた。
有名な歴史上最悪な者の、さらに上……?
そんなの、もう悪魔じゃん。
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