ユリカワの悩み※ユリカワ視点

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ユリカワの悩み※ユリカワ視点

「はぁ」  おれは何度目かのため息を吐いた。  目の前には、直属の上司である美形の男が幸福を称えながら瞳を閉じて横たわっている。  それを若干……いや、ドン引きしつつもどうしたら良いかとオロオロしつつ、おれを呼んだ……上司の想い人の女子高生。 「なんなんだ、これは」  独り言のつもりだったが、上司の想い人……女子高生のみのりさんは「どうしたら良いのかな」と返答のように呟く。 「……」  無視、したかったわけじゃない。  けれど無視しなければならなかった。  ……殺されるんだよな、おれが。  おれがワラさんと交わした契約内容はこうだった。 「俺はみのりちゃんが好きだ。愛してる。お前はいつか彼女に会うだろう……」  しみじみと長い睫毛を伏せて呟いたかと思えば、次の瞬間には大きく見開いて睨んだ。 「彼女と会話することはもちろん、視界にいれることも許さない! みのりちゃんに好かれる行為も禁止だ! 良いか? あぁ?」  今にも殺されそうな勢いの、脅しだった。  おれはいつもそうだ、くじ運がない。  都会に憧れて出てきた首都圏。  ろくな経歴がないおれじゃ、就活もうまくいかず……裏の世界にいつの間にかいて、足を洗う術も見つけられず。  小さいながら喫茶店を夫婦で経営している親に心配かけまいと帰れずに何年もその日暮らしで過ごしていた。  そんなとき、SNSで見かけた喫茶店の店長求人広告。  危ない匂いはした。けど、おれには金が必要だった。  懐かしさもあり、手を伸ばしてしまったけれど……。 「まさか、こんなやばい人だとは」  裏社会でイカれた奴は何人もいたけど、一般人に手を出そうとしている奴はいなかった。  それも、出会ったときにはすでに末期だった。 「見ろ、みのりちゃんはこういうのが好みなんだ! 俺たちが夫婦になった際には、珈琲好きな俺たちのために毎日作れ! 彼女の好みは……」  と、客がいようがいまいが関係なくおれは、かれら夫婦の好みを叩き込まれた。  ワラさんもまだ接触していない、オーナーの妻。どんなオンナなのかはずっと気になっていた。 「あの……ワラさんの奥さんって、どんな方なんです?」  ちょっとした好奇心だったのだが、物凄い勢いで睨まれた。 「あぁ?? なんだお前、恋敵か? 死にてぇのか」 「あ、ち、違います! その、ほら、この店にいつか来るんですよね? それなら、顔くらい知っておいて損はないかと」 「……確かに、喫茶店好きなみのりちゃんだ、俺の不在中に来るかも」  そう言って写真を数秒見せられ、おれはその数秒で覚えさせられた。  記憶力は昔から良いおれは、みのりちゃんとやらを覚えるのは簡単だった。  頭のおかしいオーナーは、ほぼ毎日をこの喫茶店の奥で過ごし、未来の妻との理想を語っていた。  見目が良く、警戒心も力も強い裏では有名なナカガワラ。  記憶をどれだけ辿っても例の噂とは別人くらい離れた人物だった。  ……それなのに。 「おい、こいつは止めておけ」  おれがつるんでいたスキンヘッドの友人を、ワラさんはその日突然、話題にした。 「え? 何で……ていうか、何で知ってるんすか、おれがこいつと仲良いの」 「俺は従業員のことは把握する主義なんだ。なんでも、だ……で、こいつは止めておけ。すぐに手を切れ。いいな」 「え? いや、でも」  だって、都合が良くて趣味も合うし、なにより一緒にいると楽しい。  それなのに、ワラさんは縁を切れと言う。  納得いかない、そういう態度だった。  するとワラさんは般若のような顔で振り返って冷たい氷のような視線で見下ろす。 「……あ? 俺の言うことが聞けないのか? それなら、死ぬか? 俺の言うこと聞くのか、死ぬかどっちか選べ、今ここで」 「そ、れは」  恐ろしかった。  いつ手にしたのか気づかなかったが手には銃が握られており、おれに真っ直ぐと向けられていた。  いつでも引き金をひけるような、その辺のゴミと同じような命の価値など無いものとされている感覚がひしひしとする。  本気だ。そう悟った。  おれ、殺される。 「わ、わかりました、手を切ります!」 「……本当だろうな? お前が何か俺に隠れれしようものなら、即殺すからな。もちろん、お前の親もだ」  乾いた口で、何か飲み込んだ。  この人、おれが1番恐れているものを当てた辺りに本物だと怯えた。 「も、もちろん、ワラさんに隠し事なんてありません!」 「……まあ、知ってるけどな。お前がそういう奴だって調べてから雇ったから当たり前だ。だが、いいな、俺に何か通じると思うなよ。みのりちゃんにも何かしてみろ、即やるからな」  笑った。  美形の笑顔は、なんて恐ろしいのか。  俺は美人や美形が苦手になってきた。  そして、スキンヘッドの友人はその数日後、都内の立体駐車場で死体で見つかった。  その遺体はボコボコだったらしい。  何かの組織が動いている……。  そう感じた。  ワラさんは本物だ。  この人といれば裏でも安心かもしれない。  これからも長い付き合いになる。そのためには、ワラさんに媚びるより……。  さて、どうするか。  相手は現役女子高生……か。
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