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古本屋にもいない、連絡も通じない。
「……はぁ」
わたしには、ひとつ心当たりがあった。
たぶん、命に関わる仕事だ。
クスノキさんは、いつもわたしを案じて危険な仕事へは連れていってくれない。
囮だとか、潜入だとか。わたしのときはそんなものばかり。
でも、わたしは知っている。
「クスノキさん」は。
殺し屋と呼ばれる存在だと。
人を殺している。数人とかそんな程度じゃない。たぶん、何年も前から。
わたしの命を救う前から、ずっとずっと前から……クスノキさんは。
それでも良かった。
クスノキさんの為に死ねるなら、こんなに本望なことあるだろうか。
「はあ」
何の連絡もないまま、気づけば数日過ぎていた。学校と自宅を往復するだけの毎日。
また古本屋行ってみようかな、ダメ元だけど。
「どうしたの、みのり。最近元気ないね? 明日から夏休みはじまるのに~!」
「夏菜はさ、最近なにかあった?」
「え~? 最近……うーん、あれくらいじゃない? 連続殺人鬼の再来!」
「殺人鬼ー? なにそれ。ジェイソンとか、そういう類いのやつ?」
馬鹿馬鹿しい、なんて苦笑いをしていると夏菜は思いの外、真剣な目をしていて驚いた。
「まじだよ! やばいんだって! みのり知らないの? 連続殺人鬼が脱獄したんだよ、最近」
「脱獄? この日本で? 冗談でしょ」
「もー! みのり普段どんな生活してるわけ? テレビも何もそれしか流れてないんだけど!」
そう言って夏菜が取り出したスマホには、注意報と大きな字で常に画面上部に表示されていた。
五年前に逮捕された夢川はターゲットの自宅へ侵入し殺害するなどして、百人以上の死者を出した歴史上最悪の事件。
夢川は二週間ほど前、護送中の車内から脱獄し現在行方不明!
都内近郊の方は極力外出を控えるように!
「……え、やばいじゃん」
「だから言ってるでしょ! ここは神奈川でも田舎の方だけど、注意しないと危ないんだよ!」
説教をする母親みたいな夏菜。
でも、本当にこれは呑気に外出できないな……なぜなら、あの古本屋は神奈川と東京の県境にあるのだ。
「都内行けないな……」
「みのり! 絶対にダメだからね! 東京禁止!」
「わかってるよ、夏菜もね」
「よろしい!」
夏菜はとびきりの笑顔を見せた。
わたしとは違い、今どきの普通の女子高生だ。恋の話が大好きで流行に敏感で美容に目がなくて。
そんな夏菜が大好き。だからこそ、夏菜の前では振る舞わなければならない。
普通の女子高生みのりを。
「そういえば夏菜はさ、昨日更新の動画見た?」
「見た見た! いろんなモデルさんのモーニングルーティーンでしょ!」
こうやって話していたい。
そう思っていたのだが…………。
「ク、クスノキ、さ、ん?」
下校時、校門付近で入校者の管理をしている門番さんがなぜかクスノキさんだった。
「何も喋るな。ついてこい」
まただ。
わたしが気づくような視線をずっと送ってきたときからそうだったが、有無を言わさぬ雰囲気。
危機感や緊張感、落ち着かない感じがひしひしと伝わってくる。
きっとまだ例の仕事中に違いなかった。
なぜだかクスノキさんは、この学校の構造を把握しており校舎からは見えずそれでいて敷地外の人目にもつかない場所へ真っ直ぐ目指した。
すぐに大きめの分厚い茶封筒をわたしに手渡す。
「これを、届けてほしい」
「え、届けるだけで良いんですか?」
「……危険なんだ、届けるだけでも」
重々しい雰囲気から、冗談ではないと思った。そしてクスノキさんの言葉から、言葉以上に危険なのもかもしれない、とも悟った。
命の危機。
呼吸が無意識に荒くなる。覚悟を決めるように生唾を飲み込んだ。
「……仕事、ですか?」
「そうだ。詳しくは話せない。だが、一夜で着くはずだった決着が不手際で長引いた。向こうは、プロを雇って潰しに来ている……わかるか?」
良く見ればクスノキさんの顔には細かい傷がついていて、髭も剃っていないようだった。
「プロって……殺し屋、ですか」
決定的な言葉を発したつもりだったが、クスノキさんはわたしが気づいていることを察していたのか「そうだ」と短く頷く。表情は変わらない。
「もしかして、これって」
「それを、プロに届けてほしい」
「わ、わたし……!」
クスノキさんは、わたしの言葉を聞かないまま謝った。
「すまない、お前を頼るつもりはなかった、本当だ。だが……俺ひとりでは難しくなった」
その封筒をあけてみろ、と言うので大人しく従う。
中には書類の束と、写真が一枚。
黒髪で整った顔立ちの綺麗な男性が写っていた。誰かと話しているらしいその人のスラッと立つ姿は知性が見える。だが、こちらを見てはいない。明らかな隠し撮りだ。
「そいつに渡してほしい。ナカガワラ、二十八歳。裏じゃ超がつくほど有名人だ。こいつさえ動けば、相手も抵抗なく潰れる」
「ナカガワラ、さん」
有名人だと言われても見たことない。まあ、裏だもんね、と考えているとクスノキさんが覗き込む。
「お前は一度会っている」
「え!? こ、この人に?」
「……俺も、お前を殺されたくない。迷ったのも事実だが、お前が殺されず俺も勝てる勝負……百パーとは言えないが、確信はある」
そして、少し迷ってからクスノキさんは続けた。
「なにより…………こいつは、お前に惚れている」
「はぇ?」
予想外の言葉にアホみたいな声が出た。
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