ナカガワラさんにとってのわたし

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ナカガワラさんにとってのわたし

「は? え?」  間抜けな声が出た。  だってそうでしょう、そんなこと急に言われて。あれ、夢? 「ナカガワラはお前に惚れている。好きなんだよ、たぶんな」 「でも、この人、有名人なんじゃ……?」 「そうだ。だから、無闇に近づけば殺されるし、こんな怪しいもの受け取ってすらもらえない」 「じゃ、じゃあ、無理なんじゃ……?」 「言っただろう。お前に惚れているんだ。確実に引き受けるし、お前を殺すこともしないはずだ」  真剣だった。  本気だった。そして、それを嘘や冗談などと、とてもではないが言えなかった。 「わたしは、クスノキさんのためなら死ねます。この仕事も、必ずやってみせます!」  クスノキさんは苦笑していた。  辛そうな、なんだろうでも少し嬉しそうな、そんな顔をしていた。  改めて、手に取る茶封筒。 「すまないな」  クスノキさん、謝ってばかりだ。 「笑ってください! わたし誰かために頑張るの意外と好きだって気づいたんですから!」 「そうか。ふっ、主人公みたいなことを言うんだな」  クスノキさんは、少し疲れたように笑った。それでもその笑顔は、いつものクスノキさんらしかった。    クスノキさんに茶封筒を託されたわたしは、都内のとある喫茶店にきていた。  写真を改めて見る。  整った顔立ちの人だ。モデルや俳優と言われても納得するくらいの外見。 「なんで??」  ずっと疑心暗鬼になってしまう。  クスノキさんが嘘をついたことなど一度もないのに。おかしい。  写真の他には、茶封筒には依頼書が入っているらしい。わたしは見てないが、見てもわからないだろう。  今回の仕事で敵になった数名のプロたち。クスノキさんはどうしても勝たなければいけない……この人がいれば怪物を味方につけるようなものだ、とも言っていた。  そんなに凄い人には見えないけど。  どちらかというと、体格もそんなに大きくないし、弱そうだけど……。  深呼吸を数回。そして、いざ店内へ踏み入れた。 「いらっしゃいませー」  若い男性がカウンター越しにわたしを一瞥…………した瞬間、目を見開いた。 「え…………まじ?」  わたしはなにも言ってない。まだ合言葉も何も言ってないのだが、若い男性が慌てた様子に変わる。 「大変!! 大変だよ!!! ワラさん!!!」  洗い途中のカップをそのままに、アタフタと右往左往している。  わたしが原因なのは確かだろう。店内に他に人はいないし……ただ見ているわけにはいかない。 「あ、あの! わたし!」 「だあああああああ!!!!!」  声を遮るように、更に大きな声で被せられてしまった。  急な大声に驚いて硬直していると、男性はどんどん顔色が悪くなっていく。 「だめだめ! しゃ、喋らないで! 殺される!」 「殺され?」 「喋るな!! そう言っただろう! とにかく! ワラさんが来るまで…………」  どんどん青ざめていく男性は混乱するように、わたしに止まれの指示を出したり、ワラサンとやらを探している動作をせわしなくする。 「ユリカワ、うるせぇ……ぞ……?」  奥から出てきたのは、確かに写真の人、その人だった。  ユリカワと呼ばれた男性が同様、ナカガワラはわたしを視界に捉えた瞬間、目を見開いて固まった。  時が止まったかのように固まったまま、ナカガワラの持っていたカップが落ちる。 「……み? み、みみみみみ、みのり……ちゃん?」  ナカガワラは瞬きを数回したあと、思い出したように鋭い目付きでユリカワを睨む。  ユリカワはそれに気付き、目の前のカップを誤魔化すように鼻歌まじりに洗いはじめた。  数秒の後、ナカガワラは疑心暗鬼に満ちた瞳をユリカワに向けたまま、改めてわたしと視線を合わせた。  ……途端「うっ!」とナカガワラは苦しみ、ふらついた。  ガタン、と音を立てて背後の棚が軋む。 「え、あの、大丈夫ですか…?」  わたしの言葉に、再びナカガワラの瞳がこれでもかと大きく見開かれる。そして再び悶えるような素振りを見せた。 「ぐっ! ……みのりちゃんが…………みのりちゃん……??? あれ? 夢???」  明らかに挙動不審だった。  あれだろうか、違法な薬……。  たとえ違法なことをしていようと、わたしはこの人に用事がある。仕事がある。 「あの……ナカガワラさん、ですよね? わたし、用事が」  カッと再び目を見開く。 「ま、ままままって!! 俺、まだ心の準備が……心の準備に3分ください!!!」 「は、はい」  あまりの気迫に、反射的に許可してしまった。  ナカガワラさんは深呼吸を繰り返し、たまに胸辺りを掴んでは「落ち着け……本物だ」とぶつぶつ繰り返していた。  正直、恐怖しかない。  が、脳裏にクスノキさんの言葉が再生される。 「ナカガワラはお前に惚れている。好きなんだよ、たぶんな」  ……クスノキさん、ナカガワラさんはだいぶヤバイ人ですよ。  このひと、わたしのことが好きらしい。
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