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3分後。
宣言通り落ち着いたらしいナカガワラさんは、店の奥へと案内してくれた。
古くさい喫茶店だと思っていたが、案外アンティークな家具や壁紙とマッチしていて趣がある。
窓はステンドグラスで、様々な色を放っていた。
裏社会だとかなんだとか、そんな物騒なものと無縁だと思えるくらい神聖な空間だった。
教会だとか、そういったものを思い浮かべる。
「……素敵ですね」
信仰心は薄いものの、こういった場所にある憧れから、つい口をついて出てしまった。
…………そう、わたしに惚れている怪しい男の前で。
「えぇ!! お、俺……??」
数歩先を歩いていたナカガワラさんは、立ち止まりキョロキョロと辺りを見回して、自分しかいないことを確認するとブルブルと身体を小刻みに震わせた。全体に赤みを帯びていく。
まずい。何がと聞かれれば、まだ何もされていないしわからないが、この雰囲気はまずいと脳が発していた。
「ち、違います! この、建物! 素敵ですね!」
「……え? あ、ああ、この家ね」
サーと何もなかったかのように、顔色も何もかも落ち着きを取り戻したナカガワラさんは、ぎこちない笑みを浮かべた。
「みのりちゃん、こういうの、好きでしょ?」
「えぇ、素敵、ですよね」
にやにやと気味の悪い笑みを浮かべながら「やっぱり……」等とぶつぶつ呟いては口角を上げて喜んでいるようだった。
……薬の幻覚か?
しばらく進んだ長い廊下の先、これまたアンティークの素敵なセンスの個室に通された。
……喫茶店、というよりはひとり暮らしの部屋みたいな間取りだ。
台所もあるし、風呂やトイレもついているみたい。
「どうぞ。ちょっと待っててね」
ナカガワラさんは、わたしを椅子に促すと、台所で茶菓子と紅茶を淹れてくれているらしかった。
……不思議なことに、どちらもよく口にするもので好きなものだった。
「ありがとうございます」
目の前に腰掛けたナカガワラさんは、ニヤッと笑って紅茶をひとくち啜る。
「みのりちゃんが会いに来てくれて嬉しいよ。本当に、夢みたいで! 遠慮なく寛いで良いからね、自分の家みたいに、何しても良いから」
善意だろうが、にやにやと笑う表情に不気味な影が見える気がする。
「あの、今回はお話がありまして、お邪魔させてもらいました」
「何の話かな? 俺は君との話ならなんだって聞くし、力になるよ! 将来についてでも未来についてでも、そのどちらでもなくても!」
「これ……なんですが」
早いところ引き受けてもらって帰ろう。そう思い、渡した茶封筒を目にしたナカガワラさんから、笑顔が消えた。
「なんだ、やっぱりクスノキか」
つまらなそうに呟くと、気だるそうに頬杖をついた。
一方でわたしは、クスノキさんを知っている他人に出会って少し興奮気味だった。
「クスノキさんをご存知なんですか!?」
「ご存知もなにも……みのりちゃん、仲良くしてるでしょ、クスノキと」
「クスノキさんは、わたしの恩人なんです!」
「恩人、ねぇ。それなら、俺だって君のこと助けたことあるし、見守ってるし……見守り度合いで言えばふらふらしてるクスノキより、よっぽと恩人だけどね」
「そうなんですか? どの辺が?」
クスノキさんのことをよく知っている風な口振りに、思わず前のめりになる。
ナカガワラさんは、わたしをチラッと一瞬見てから、頬を染めて慌てて紅茶を飲んだ。
「ぐ!! 可愛い……俺もう駄目だ……」
再び発作の出たナカガワラさんは、胸を押さえてテーブルに突っ伏す。
紅茶が揺れる。
……せっかくクスノキさんの話してたのに。
「あの、クスノキさんが今、どこにいるのがご存知なんですか?」
「……また、クスノキ?」
つまらなさそうに顔を上げたナカガワラさんの瞳には、少し怒りが感じ取れた。
「クスノキさん、いま大変なんです」
「知ってるよ、でも自分で招いたことでしょ」
本気でどうでも良さそうだった。
……引き受けてくれないような気配を察する。この人はあくまでも、わたしに興味があってクスノキさんには1ミリも無いのかもしれない。
「でも、わたしは……!」
「じゃあ、教えて。みのりちゃんとクスノキってどういう関係なの? 俺はだいたいのことを知ってるつもりだけど……クスノキの奴、絶対に口を割らなかった」
わたしとクスノキさんの関係だけは、どうしてもわからないし知りたい。
ナカガワラさんの表情は真剣だった。
それによって、今後の状況が変わるとも教えてくれた。
つまり、引き受けてくれるチャンスがあるってことだ。
それならば、話さないわけにはいなかった。
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