20人が本棚に入れています
本棚に追加
クスノキの女なのか?
ぐるぐると頭を駆け回る可能性に、俺は苛立っていた。
だが、他人に興味が微塵もない俺には、情報網がない。繋がりも無ければ、知り合いもすぐに死んでしまう。
「誰かを頼るなど、ありえない。この、俺が! だが、どうしても気になる」
「で、アーシのところに来たってワケ?」
古いレコードがびっしりと周囲に飾ってある、年配のような趣味をしているこのガングロギャル。
「情報に詳しい奴は、お前しか知らない」
「アーシだって、情報屋じゃないから、知らないワヨ」
「嘘つけ!」
殺すぞ、と言わんばかりに拳銃を突きつける。
目の前のギャル……シブヤが、ペディキュアしつつ鋭い視線をぶつける。
「はーあ、早漏もたいがいにしなさいヨ。ちょっと近づけば殺す、気にくわなければ殺すって……あんたの周りって死体ばっかりじゃない? なに、そういう性癖なワケ?」
「……性癖が異常なのは、クスノキだろうが」
「クスノキ?」
シブヤは予想外の人物の話題だったのか、先ほどの鋭さが消えた。
楽しそうに「珍しい名前じゃナイ?」と向き直る。足の爪も半端なままだ。
「親しいのか?」
「ううん、ただのファン。かっこいいジャンー、理想のボディよ」
「理想? お前、あんな筋肉ムキムキが好みなのか?」
「女はみんな、ああいうのが好きナノ」
うっとりと想像している顔になる。完全に女の顔。
「はっ! そんなことない。俺はクスノキよりモテる」
「それは、顔でショ」
顔……まあ、それもあるが。俺だって、脱げば筋肉くらい……。
「……お前の好みの話はいい。俺が興味あるのは、クスノキの性癖についてだ」
「アーシも気になる! クスノキ、どんな性癖なの!?」
前のめりも前のめりで、迫る勢いだった。それほど好みらしい。
「あいつ……女子高生と歩いていた」
俺は期待していた。
あの筋肉堅物無表情がまさかの女子高生。あんな顔しておいて、犯罪ラインの性なんて。
だが、シブヤの反応は違った。
「なんだ、みのりちゃんね」
「……みのり? あの女子高生のことか」
「そーよ、地味っぽい感じの子デショ。最近クスノキと一緒にいるのヨ」
「クスノキの女か? てっきりそういう性癖だと……」
「オンナ……うーん、女ってわけではないと思うんだヨネ、雰囲気的に」
「じゃあ、なんなんだ」
俺の言葉にシブヤは瞬きを数回した後、口角をゆっくりと上げる。
「なぁに? 気になるんだ? あの、冷血王子サマが」
「センスのないあだ名をつけるな」
「あら、本当デショ。命を吐き捨てる冷たい血しか通ってないじゃない? 良いのは外見だけ。みーんな言ってるシ」
「羽虫の言うことなんでどうでもいい。はやく教えろよ」
俺はニタニタ笑うシブヤに徐々に腹が立ってきていた。
殺してしまいたい。
少ない理性が必死に訴える「情報が聞けなくなるぞ、仕事も減るぞ」と。
「良いワヨ。ただし、報酬は弾んで」
「……どうせ持て余してる。いくらでもくれてやろう」
スマホを取り出し、素早く自分の口座からシブヤの口座へ振り込む。
「えー、いくらくれるのカナ……」
シブヤは同じようにスマホを覗き込むと、ぎょっと真っ黒な目を見開いた。
「え! え!! ま、マジ!?!? あんた、神!? 訂正するわ、外見と貯金は最高じゃナイ!!!」
目を輝かせてスマホにキスまでしている。
「金なんか、そんなに良いものか?」
「みーんな大好き、お金! アーシなんてお金積まれたらいつでも誰でも何でもウェルカム!」
「頭も尻も軽い女だな……さて、その“みのりちゃん”について俺とお話しようじゃないか」
「モチロン!! 知ってる情報は何でも言うヨ!」
これが金の力か……。
最初のコメントを投稿しよう!