◯◯されぬモノ

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◯◯されぬモノ

 部屋の中で少年は苦しんでいた。その体は貧弱で、服は汚かった。  少年に与えられる食物は殆どなく、愛情は全く与えられ無かった。ただ、叱責の言葉だけが数え切れぬ程に与えられた。  そうして、少年命の灯火が消えようとしていた時だった。少年が周囲の全てを呪い始めた時だった。 「力が欲しいか?」  低い声が、ゆっくり問い掛けた。少年の近くには誰も居らず、闇だけが彼を包んでいる。 「……欲しい」  力を振り絞って言うと、少年は弱々しく周囲を見回す。しかし、そこには誰も居ない。 「ならば与えよう。この力を使いこなしてみせろ」  黒い靄が、少年の胸元に吸い込まれた。すると、少年は何かを確かめる様に掌を見る。 「闇の力よ、我を束縛から解放せよ」  その時、少年の体は部屋の中から屋外へ移動した。屋外は少年の見たこともない様々なもので溢れ、それは少年の生きる気力を底上げする。 「闇の力よ、枝を枯らせ」  少年の声に反応する様に葉を茂らせた枝は枯れ、重力に引かれて地面に落ちた。少年は、その枝に生っていた果物を掴むと口に運び、飢えや渇きを癒すように次々に胃に押し込んだ。  人心地ついた頃、少年は周囲を見回す。この時、空に月は出てはおらず、星だけが世界を照らしていた。しかし、闇に慣れた少年の目には何ら問題なく、怯える様子もみせはしない。  少年は、近くの枝を枯らしては果物を腹に収めた。彼は沢山の果物が生った枝を狙っては魔法を使い、これまでの分を取り返す様に食べ続ける。  そうして、本能のままに少年は魔法を使った。彼は体力の続く限り探索し、それから元居た場所へ戻る。  少年が居なくなったことなど、誰も気付かなかった。少年の生死さえ無関心な者達に囲まれ、少年は存在していた。  夜中に抜け出しては果物を食べていた少年は、徐々に体力を付けていった。しかし、相変わらず見た目は貧弱で、誰の関心も引くことはない。  食べると言う行為に消化器が慣れてきた頃、少年は寝静まった鳥を狩った。少年の魔法の才能は天才的で、巣で眠る鳥の命を一瞬で奪ってから枝を落とした。  暫くの間、少年は命を奪った鳥を見下ろしていた。それから、その巣の中に雛が居ることを知ると、雛だけを巣から取り出す。 「黒き焔よ、巣を焼け」  落ちた巣は燃え初め、そこに残ったままの鳥は炎に焼かれた。少年は、巣が燃え切る前に雛を巣に放り込み、残った熱でそれらも焼く。  少年は近くの枯れ枝を拾い、焼いた鳥を突いた。その羽根は焦げて抜け落ち、その鳥の肉を少年は口に運んだ。その鳥の肉は少なく、少年は焼けた雛を丸ごと食べた。小さな雛の骨は脆く、少年は雛の全てを噛み砕いて嚥下する。  少年は、そうやって食物を得続けた。そうしている内に少年の血色は良くなった。しかし、夜に抜け出して得る栄養だけでは、同じ年の子供が得ているものより余りにも少なかった。  消化器が強くなってきた少年は、獣を狩っては焼いて食べた。少年は、何時しか獣を狩ることに慣れ、毎日の様に肉を貪った。  少年の顔色が良くなった頃、漸く周囲の大人達はその異常に気付いた。しかし、少年を見ようともしない大人達には、その理由が分からない。  関心を持たれないのを良いことに、少年は様々な物を店から盗み始めた。パン屋からは硬くなったパンを盗み、服を売る店からは倉庫で埃を被っていたものを盗んだ。  少年は、小さくなった服を燃やした。生地が薄く小さなそれは、直ぐに燃え尽きた。それを眺めていた少年は、何処か楽しそうな笑顔を浮かべる。  少年の纏う服が変わっても、それに気付く者は居なかった。それ程に、少年は関心を持たれていない。  時に果物を、時に狩った肉を、時に残り物のパンを食べ、少年は成長した。そうしている内に、彼には弟が産まれる。この為、少年は一層自由に行動出来る様になった。  少年は昼間から森に出向き、住むための小屋を作り始めた。それは簡単な造りだったが、雨風を防ぐには充分な物が出来上がる。  少年は捨てられていた鍋を拾い、小屋に保管した。彼はその中に食材を入れて調理し、温かなスープを食べられる様になる。  相変わらず、少年は服を盗むことでしか手に入れられなかった。だが、その下手人を捕まえることは店には出来なかった。それだけ、少年の知能や魔法のセンスは優れていた。  少年は、小屋の中に様々な物を集め始めた。その頃には、彼の弟は自力で立てる程には育っていた。
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