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5
実りの秋が終わって、冬の気配がし始めた頃もトゥルクオイは変わらず盛況だった。むしろ、次の春の大祭の花形候補の踊りが見られるとあって、いつもよりも混雑しているようだった。
「え」
「や、だから、頼んでないよ、それ」
「そう、ですか。失礼しました……」
配膳に行った先でそう言われるのは今日だけでも3回目。最近、ひどい日は5、6回このやり取りをしていた。単純に普段より客が多くてさばききれていないせいもあるだろうが、大半は俺を標的にした嫌がらせだった。
候補が俺とミメッティのふたりだけになったことで、いまや店の踊り子たちは2つの派閥に割れている。圧倒的優勢なのはチャリコーラにもっとも近いと囁かれるミメッティ。俺の方は派閥争いに興味がないこともあって、同じように派閥争いを望まない者や、彼女のやり方に賛同できない者がゆるりと集まっているような、そもそも派閥というほどのものでもないような、そんな有様だった。
「っ、」
表向き注文ミスだという料理を厨房に下げようとしている途中で足を引っ掛けられてよろける。踊るために体幹を鍛えているので転倒は免れたが、そこかしこから忍び笑いがあがった。
「――最終候補に残ったからってお高く止まってるのよ」
「まだ例のお相手と会っているのでしょう?」
「チャリコーラ候補としては不適格じゃない?」
聞こえるように囁かれる陰口も随分と増えた。いちいち相手にしてもいられないので全て黙殺しているが、これみよがしなその声は嫌でも耳に入った。
「お待たせ」
厨房で受け取った定番のラナ酒と今日のおすすめ料理を手にその席へ向かうと、フィルは片手を軽く挙げて微笑んだ。
「お疲れ様。今日も素敵だったよ」
「ありがと」
フィルとの週に一回程度の会食は未だに続いていた。本当に顔を突き合わせて食事をして、踊りの話だとか世間話だとかをするだけの健全なままの会食だ。ごく稀に店外の飲食店ヘ連れて行ってくれることもあるが、基本的には店内での食事が多くなった。最終候補として嫌でもひと目を集めてしまうようになったし、声をかけられることが増えてきたからだ。前は興奮剤で済んだけれど、次は命にかかわる毒物かもしれない。そう思えば用心はしすぎても足りないくらいだった。
「そろそろ最終選定だってミセスから聞いたんだけど。王の御前で踊りを披露するんだって?」
「そう。来月頭だって言ってた」
クシャンドゥルはひとくち大にした魚の切り身に、味付きのでん粉をまぶして、多めの油で揚げ焼きにした料理。それをつまみながら自分の分のラナ酒の器に手を伸ばす。今日はもうステージが終わっているし、フィルが来た時点で給仕の仕事もなくなったので、羽目を外さない程度に酒を楽しむことにした。
「御前選定で君が正式にチャリコーラと認められたら、祭りが終わるまでは君と食事もできないのかあ……」
チャリコーラは冬の間に祭りの舞を覚えたり、衣装や装飾を手配したり、関連するところへ挨拶回りをしたり、と数多くの専用の仕事があるし、直前のひと月ほどは潔斎期間として酒や煙草を始めとした食事制限や行動制限がかけられる。選ばれたら基本的には固定客の接待もトゥルクオイでの仕事も全て一時的に休業することになる。
「寂しい、とかいうガラじゃないだろ」
「ええ? 寂しいよ。私が君のことを好きなのは知っているでしょう」
もういっそのこと今すぐチャリコーラ候補を辞退して大人しく買われてくれればいいのに、と言って、フィルは冗談混じりに笑った。
「それこそ冗談だろ」
「それでこそ君だけどね」
言ってふたりで和やかに笑う。笑いながら、小さく不安を抱く。例えば本当に俺がチャリコーラとして選ばれたとして、その役目が終わったとき、フィルはまた俺に会いに来てくれるのだろうか、と。
「それでさ。来週は君と店の外で会いたいんだけど、どうかな。御前選定のための景気付けと前祝いに」
「いいけど、前祝い?」
祝われるようなことがあっただろうか、と思いながら問い返すと、フィルはニッと笑った。
「君がチャリコーラに選ばれたお祝い」
「気が早い! まだ御前選定もしてないのに!」
思わず笑うと、フィルも笑った。ふたりでクスクスと笑い合う。
「選ばれたらお祝いなんてする余地もなくなるし。……それに、君なら間違いなくチャリコーラに選ばれるよ、レスティ」
「そ、そうかな……?」
チャリコーラには前例のない男の踊り子で、客からの人気も踊り子からの人望ももうひとりの候補より劣る、と思っているけれど、フィルがそう言うのならうまく行きそうな気がして心強い。
「ありがと、フィル」
「感謝されるようなことはなにもしていないよ。私のは全部、下心ありきだからね」
「ははっ、じゃあこれが物語なら俺はその下心を利用して振り回す悪女役じゃないか」
「とびきり美人のね」
声を立てて笑えば、近くにいた他の踊り子や客からの視線が投げかけられる。全てがそう、というわけではないだろうが、その多くが悪意や嫌悪感の含まれているものだろうとは想像がついた。でもフィルと冗談混じりの会話をして笑い合っている今、それらの悪意は感じなかった。
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