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ミメッティが候補から外れたことで、御前選定は取り止めとなり、俺自身が特別になにかをすることもないままチャリコーラの選定は終了した。彼女に拉致されたあの日、フィル、改めラフィスラ王子が俺をどこに連れて行きたかったのかも分からないまま、俺はチャリコーラの準備期間に入ってしまった。店に出ることもほとんどなくなり、出たとしても誰かの欠員補充だったり短時間だったりということもあって彼には会えなかった。ミメッティやあの取り巻きに殴られたり縛られたりしてできた微細な皮下出血や切られて負った傷を治すこととチャリコーラの踊りを習得することを最優先に過ごし、トゥルクオイのお針子たちと衣装に使う布地を選んだり、デザインや採寸を行ったり、舞台装飾のプランを打ち合わせたり。踊りの内容とテーマは同じであるのに、毎年のチャリコーラのイメージに合わせて変化を入れているのだというそれらを選ぶことに時間を割いているうちに季節は真冬に差し掛かっていた。
「元気そうだね。傷は……もう大丈夫か」
「その節は大変お世話になりました。準備は滞りなく進んでおります」
祭りまで2か月ほどとなったその日、ミセス・ディオーペに呼び出され、「食事も余計な接待もしなくていいから少しだけ会ってほしい人がいる」と通された別室にはラフィスラ王子がいた。
「王子に選んでいただき、チャリコーラの座に就けたこと、とても感謝しておりますし、王子の名に恥じないお勤めをするつもりです」
「私は選定には一切かかわっていないよ。チャリコーラの座に就いたのは君の実力だ。……それから「王子」という呼び名は馴染まないんだ。どうか、今までと同じように、「フィル」と」
「それはなりません。今までの不敬もお許しください」
「レスティ……」
悲しそうな顔をするラフィスラ王子がわずかな沈黙の後に口を開く。
「……君を初めて見たのは、去年の祭りの舞台でのことだった。君は他の踊り子たちと一緒に、チャリコーラの引き立て役として踊っていただろう? あの踊りを見て、私は君に一目惚れをした」
「…………」
「君を誰よりも美しいと思った。私のものにしたい、私を君に知ってもらいたい、とも。だから君を買い入れたいと申し入れたんだ。だから、チャリコーラの勤めが終わったら……」
「俺は……チャリコーラの勤めが終わってもまだ当分は踊り子を続けるつもりです。ですから、」
「君は踊り子のままでもいいよ。ただ、君が私のものであるなら、なんでも」
優しく、けれどはっきりと言い切ったラフィスラ王子がふたりの間にあるテーブルの上に箱を置く。薄くて平たい、手のひらよりふた回りほど大きな箱だった。俺の方にその白い箱の口を向けて、金の留め金を跳ね上げる。
「これを君に」
中には艷やかな紺の布地が張られていて、その上に繊細な金細工の装身具が散りばめられていた。
「本当は、君がチャリコーラに選ばれたお祝いの品にするつもりだったんだ。でももしも、少しでも私の想いを受け入れてくれるつもりがあるなら、この飾りを身に着けてチャリコーラとして踊ってほしい。もしも私のことなんて顔も見たくないと言うのなら、これは今までの迷惑料にあててくれ。売れば相応の価値にはなるだろう」
細い鎖や繊細なモチーフでできた首飾りや耳飾りは、布張りの箱の中できらめいて夜空の星のように輝いていた。
「……それじゃあ、私は行くよ。息災で、レスティ」
祭りの舞台を楽しみにしているよ、とはにかんだラフィスラ王子が席を立つ。見送ろうかと慌てて席を立つと、「名残惜しくなるからそのままで」と止められた。
そして手元には星のように輝く装身具だけが残った。
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