エピローグ

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エピローグ

 ロマンス・インパクトが終結してから4カ月。季節は春になった。  エネミーアイズの出現からパリを連日騒がせるデイドリーマーズたちの暴食を食い止めるため、ノエル姉弟は休みなく戦い続けている。  そんな中での久々のメンテナンスの日。  フランチェスカのアトリエで一通り作業を終え、試験台でスリープするミシェル。  眠る少年の(そば)には新型のサイバーサングラスが置かれている。あの後クロエは再びクリック戦争に挑み、見事戦利品を勝ち取ることができたのだ。  彼が眠るアトリエの隣には、寝具が置かれただけの質素な寝室がある。  そのベッドの上で横並びに重なる二つの影。  ローブ越しでもひんやりと冷たい肢体にぴたりと寄り添うクロエは、滑らかな肌を余すことなく晒している。  機械の身体に体温を奪われさぞ震えていることかと思いきや、彼女は腹の奥で(くす)ぶる熱を一人で持て余していた。  そんな生殺し状態のクロエの心情を知ってか知らずか、フランチェスカはきめ細やかな背中に手を回すだけ。  一度だけ、堪らなくなったクロエが迫ったことがある。 「フランチェスカ様となら、もっと深く交じ合えます」と。  経験がないわけではなかったし、そうやって生きてきたから。  忘れてしまいたくなるような記憶しかないが、(おの)が神に求められているなら、それに応えたいと思ったのだ。  だが神は彼女の手を取ると、自らの身体を首から下へ順繰りに這わせた。  どこを触っても冷たく硬い身体。困惑するクロエに、フランチェスカは珍しくどこか寂し気な様子で言った。  ――もう、自分の性別すら思い出せないのです。  それ以来、彼女がふしだらに迫ったことはない。  二人は正真正銘、添い寝をしている。  きっとこれはフランチェスカにとって、身体が交わうことよりも意味のある行為なのだろう。  ミシェルが眠る6時間もの間、クロエはただその身を捧げ続ける。  だが、今日は様子が違った。 「フランチェスカ様、11時になったら少し外しても良いでしょうか」 「珍しいですね、何か重要な用事でも?」  普段から誰よりも従順な彼女のわがままに耳を貸すくらいの度量はある。  温度は感じずともゆったりとした声色で語りかけた。  それに安心したように、クロエは嬉しそうに話し始める。 「実は……推してる作品の更新時間なんです!」 「……推し?」 「はい!」  ベッドの中でキラキラと輝く黄金の瞳には、一点の曇りもない。  なんと現在、クロエはWEB小説の沼に沈んでいた。頭のてっぺんからつま先までどっぷりと。  きっかけはミシェルの誕生日を自宅で祝っていた夜。郵便受けに入れられた、トマからの手紙とQRコードである。  紙が高価な時代にわざわざ手書きで(つづ)られた手紙は先日の無礼の詫びと、完成した作品を読んでほしいという内容だった。  ペンギンにつけ入られるくらい意志が弱くて無神経なトマの作品だ。どうせ大したことないだろう――半信半疑でQRコードから作品を読み始めてすぐ、クロエは涙を枯らすほど感動していた。「なにこれ、尊い……」と。  トマが世に送り出した傑作は、機械化した銀髪姉弟が一人の青年と共に生活して彼と恋愛をする人間×ロボットの種族も性別も超えた要素てんこ盛りラブコメハーレム枠である。2044年のアンドロイドジョークや人と機械の葛藤(かっとう)などが丁寧に描かれて、休まることのない感情の起伏にクロエの情緒は壊された。すごく良かった、その一言に尽きる。  1万字の短編だったが、たった2週間で書いたとは思えないほどのクオリティ。よくぞまぁあんなお粗末な取材でここまでの解像度を描けたものだと感心した。  それ以来彼女はWEB小説の世界にハマってしまい、日夜気になる作品を見つけては時間を溶かしている。  ちなみにトマはジャパンフェスタで好評だったこの作品を連載化し、その後とある賞に入賞して担当編集が付くようになったらしい。  2045年のラノベ界隈では、第何次目かわからない銀髪ムーブメントが巻き起こっている。 「私も最初は理解できなかったんですが、サクッと読めてとっても面白いんですよ! フランチェスカ様もどうです?」 「私は……そういうのはよくわかりません。クロエだけでも楽しんでください」 「そう、ですか……」  文字に感情を動かされるなど、フランチェスカにはもう覚えのない感慨だった。  それを悲しいと思う心すら、もうない。ただぽっかりと空虚で――その穴を埋めるのに、クロエのような過ぎた信仰は心地良かった。 「その代わり、ここで読みなさい。離れることは許しません」 「……! はい、承知しました、フランチェスカ様……」  白い仮面をうっとりと見つめたクロエの瞳が(とろ)ける。  この人に求められることが何よりの快感だった。  体の芯から重たい熱に浮かされるような、そんな充足感に満たされる。それは肉体的欲求すら凌駕(りょうが)するのだ。  だが、そんな幸せな時間を切り裂くような電子的なアラートが鳴り響く。  飛び起きたクロエがけたましく鳴る通信ガジェットを確認するより先に、フランチェスカの端末に統括部からの緊急通信が入った。 「何事です」  ベッドから起き上がったフランチェスカが、部屋に備え付けられた大型モニターへ通信を転送する。 『北大西洋で海底火山爆発! UMI型が動きました!』  モニターには、爆発に呑み込まれた南米の観測地が映し出された。  建物を飲み込む白波の迫力に、クロエの手からガジェットが滑り落ちる。  世界に散らばる5体の巨像、暴食種(グラタナス)。デイドリーマーズの生態系を統べる存在。  彼らは移動するだけで天変地異を引き起こす。人間の営みなど取るに足らないと言わんばかりに。  北大西洋の中央海嶺(ちゅうおうかいれい)に50年留まっていた、暴食種(グラタナス)の中でも最大級のUMI型。  それが動いたとなると――。 「移動地点はどこですか」 『ビンツです! ドイツリューゲン島、ビンツが津波に呑まれました!』  リューゲン島、ビンツ――その地名を聞いて、フランチェスカの(まと)う空気が変わる。  近くにいたクロエが震え上がるほどの冷たい圧。血色が引いた手で思わずシーツを手繰(たぐ)り寄せた。 「急ぎドイツ支部に連絡をとって、現地へ向かわせください」 『そ、それが……フィリップ支部長とユリウス・オルブライトのGPSが、津波が襲う直前にビンツで途絶えていまして……』 「え……」  高さ100メートル越えの津波に呑まれたビンツのLIVE映像を、クロエが呆然と見上げる。  海岸線沿いの街を水圧で押し潰す濁流に巻き込まれたのだとしたら、それはもう……。  絶望的な状況に言葉を失ったクロエに反して、欧州監視哨(おうしゅうかんししょう)最高責任者は久方ぶりに込み上げる感情の震えに身体を戦慄(わなな)かせる。  ――これは、怒りだ。 「やってくれましたね、フィリップ・ライザー」  地を這うような(ささや)きがフランチェスカから発せられたものだと、クロエはすぐに気づけなかった。  人智を越えた科学が作り出した亡霊。  その復讐の矛先が思いもよらぬ方向へ向かうことになるなんて――今はまだ、誰も知らない。 『デイドリーマーズ~ロマンス・インパクト~』  ―完― ------------------------------------------------ <あとがき>  ここまでお読みいただきありがとうございました!  まさかスピオンオフで5万字を越えるとは……(笑)  ここまで長くなる予定はなかったのですが、ノエル姉弟が自分の予想以上に重厚なキャラクター設定になってしまい、こんなことに……。  本編とはまた違ったヴィジブル・コンダクター側視点の世界観、楽しんでいただけたでしょうか?  ノエル姉弟が再び本編に絡んでくるのを楽しみにお待ちいただければと思います。それに、何やら怪しい動きをしているフランチェスカ様も。  今は諸事情があって少しだけ創作をお休みしているのですが、年明けのなるべく早いタイミングで本編第3章の執筆を再開させたいです。よかったらそちらも応援していただけると嬉しいです! https://estar.jp/novels/25997812  最後に。  銀髪ムシャムシャ会会長として自らの作品で銀髪を書き上げられたことをとても嬉しく思います。皆様も滾るものを感じたらぜひムシャムシャしてください!(笑)  それではまた、本編でお会いしましょう!  ありがとうございました~!!!
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